あきめらめるのも幸せの一歩

20131129「嫌われても構わない。自分の気持ちに正直に行動したい!」
そんなふうに思いつめている方から相談メールをいただくことがあります。

自暴自棄になっているつもりはないのだと思います。むしろ、「捨て身の潔さ」を貫いている気持ちよさがあるのかもしれません。

けれども、捨て身でぶつかってこられる相手のほうは危険を感じることもあります。

自然の脅威だとか、暴走するマシーン、何かを盲信している人の集団などに、私たちが強い恐れを感じるのは、「理屈」や「気持ち」が通じないことを感じるから。
「愛している」という理由があっても、相手を追いかけすぎては怖いと思われるかもしれません。

それに、「私の想いを通したい」というのは「我」であって「愛」ではない。
だから、相手に「愛」が伝わるわけがなく、いくら追いかけても想いが通じないことも。

でもね、「捨て身な気分」になるほどの苦しさはよく分かるのです。
そこまで思い詰めてしまうまでには、恋や人生のなかで魂が追い込まれてきた過程が必ずあるから……。

苦しくて、悲しくて、辛すぎて、もうダメで。
とにかく、声を聞きたい――その気持ち、分かります。本当です。分かるんです。

それでも、私はこう言います。

心を静めることに努めてください。

泣いても、わめいても「帰ってこないもの」があると知るのは、辛いことではなく、実は幸せなこと。
それを体感したときこそ、この世界が自分ひとりのものではないと分かるときだから。
魂の孤独から抜け出せるときだからです。

心が静まったら、「断念」の先に希望に手を伸ばせます。本物の愛は、無言でも伝わるものだったりするからです。

 

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