あれは何年前でしょう。
人生に久々に訪れた「辛くてミジメな苦悩のとき」を過ごしていた私に、こんな言葉を掛けてくださった方がいました。
「自分のためより、人のために生きたほうがラクですよ」と。
私がショボジョボと暗い顔をして、毎度ぶちぶち自分の苦悩やらなんやら、泣き言をいうのを見かねて、そっと「救いの言葉」をくださったのです。
でも、その時点では、この言葉が「救い」だなんて、まったく分からなった私。
はぁ、そう言われましてもね……、
いろいろと自分のことで考えなくちゃいけないことが山積みでして……。
……その方の親切な心を理解せず、そんなふうに思っていたのです。
でも、数か月後、この言葉の意味をハッキリ悟る出来事が起こりました。
高校のときの友人たちと、10年ぶりに再会したのです。
郷土に戻った私は、5人の友達と次々、顔を合わせ、懐かしい再会を楽しみました。
とはいえ、いろいろなことが重なって身も心もボロボロ。
だから、自分に起きたことを友達に話します。慰めてもらいたくて……。
だけど10年のあいだに、友人たちにも色々なことが起きていました。
私の話を聞いて「そうか、そうか。大変だったね」で、話が終わった友達はひとりもいません。
「実は私もね……」といながら、聞いて驚く打ち明け話が出てくるのです。
なにしろ、みんな同い年。
生きていれば、それぞれが何かしら重たい事情を抱えずにいられない年頃だったのです。
最初の日の夜、ひとり目の友達から、
次の朝はふたりめの友達から、
夕方に合流した3人目と4人目の友達から……
どんどん、それぞれの事情を聞かされます。
どの話も深くて重くて……。
そういう数日が続くうち、不思議な感覚がやってきました。
今まで「自分のこと」で一杯だった私の頭。
その頭に、どんどん「人の悩み」が注入されてくる感覚です。
本当に「感覚」としか言いようがないのですが、
「私の悩み」がどさっと入っているタンスに、ぎゅうぎゅうと「人の悩み」が入ってきて、「私の悩み」が占めてるスペースがどんどん圧縮されていくような感覚なんです。
……これは、なんだろう?
昨日まで、あんなに苦しかったのに、その苦しい気持ちが明らかに小さくなっています。
パンパンに膨らんでいた苦悩がね、シュルシユルッとしぼんだような不思議な感じがハッキリするのです。
まるで「そこ、詰めて詰めて! 私も入れて!」と言いながら、他の人たちが私の頭になかに入ってきたみたいな、そんな感じでもありました。
3日目はみんなが集まり、ワイワイやりながら、それぞれの事情の話がまた出ます。
その夜、私はみんなの悩みについて考えていました。
あの子の悩みは大変だな。何か言ってあげられること、ないかな……。
あの子の悩みについて、知り合いに相談してみようかな。
いい医療機関を知っているかもしれないし……。
あの子の悩みは昔から同じだな。ずっと苦労してきたよね。
何かしてあげらたらいいのに……。
そこで、ふっと気づきます。
昨日の夜まで、寝る前のひとときに私が考えていたのは、ひたすら自分の苦痛だったことに。
どうしよう。
辛いよ。苦しい。
腹が立つ。
寂しい。
心配……
……そんな気持ちで毎晩、心が一杯だったのに、
今夜の私は「自分のこと」をひとつも考えていない。
こんなふうに悩みを忘れられたのはいつぶりだろう……。
と、そのときです。
「自分のために生きるより他人のために生きるほうがラクですよ」
というあの言葉がね、脳裏に浮かんだのです。
ああ、あの言葉に込められていたのは、こういうことだったんだ……。
私は私しか見ていなかった。だから苦しかった。
こうして誰かのことを考えていれば、自分の苦悩は忘れてしまえるものなんだ。
どうにもならない苦痛をひたすら見つめているより、よっぽどいい。
それは人のためじゃなく私のため。私がラクになれることだったんだ、と。
それ以来、私は他人のために生きるようになりました……
なんていうのは嘘。そこまで立派にはなれません。
だけど、不安や孤独や心配ごとに襲われたとき、
「あっ、いけない、いけない。自分のことばかり考えているから憂鬱になっている!」
と気づけるようになりました。
そして自分以外の人々に意識をなるべく向けます。
そうすると、本当にラクになるのです。
その後、まったく同じようなことを言っている人にも会いました。
献身的に施術をしてくださる、予約が取れないほど人気の鍼灸の先生です。
「たくさんの患者さんがいて、いつも大変ですね」と言ったら、
「いや、人のために生きるのって思うより辛くないんですよ。
自分のために生きていると行き詰りますからね」と笑って答えくださったのです。
「ああ、こういう知恵を持って生きている方が周りにたくさんいたことにも、今まで私は気づかなかったんだなぁ……」と感じ入りました。
よく「悩みを手放す」と言います。
だけど、簡単にはできませんよね。
でも、
誰かのことを思うとき、私たちは無意識のうちに自分の悩みを手放しているのだと思います。
この知恵があなたにも役立つことがあるかもしれません。
あるといいな、と思っています。