カテゴリー: 運命と魂と幸せ

  • 好きな相手の気持ちに関する「大きな誤解」を解きましょう!

    好きな相手の気持ちに関する「大きな誤解」を解きましょう!

    「あなたが私を大切にしないのは、私をちゃんと愛してないからよ!」という怒りをね、抱いたことって、ありませんか?

    恋人やパートナーがいる人なら、一度や二度、いえ、もしかすると何度も何度も、こういうふうに思ったことがあるかもしれません。

    これは、パートナーに限った話ではありません。

    だってね、私は小さいころ、自分の母親に対して、よくこう思っていたのです。

    「お母さんは私のこと、ないがしろにしてばっかり! 絶対、私を愛していないんだ!」ってね。

    もうね、ホントによく私、怒っておりました。
    けれども、すっかり大人になった今、改めて母を見ていると分かってくることが。

    「ああ、この人は昔から、普通の人よりずっとずっと注意力がない人間だったんだな……」と。

    子供のころ、私がお願いしたことを忘れてばかりいた母。

    だから私は腹を立てました。
    「また忘れてる! あんなに頼んだのに!! ほんとにお母さんは私のことなんてどうでもいいんだ! ひどい!!」と怒っていたのです。

    でもね、今は思うのです。
    「愛」があるとか、ないとかの問題ではなくて、うちの母はあまりに忘れっぽいだけ。

    つまり、「私という存在の価値」とは関係のないことだったんだな……と。

    あなたはどうでしょう?

    パートナーの忘れっぽさを「愛されていない」と感じたことありませんか?

    「なんで誕生日を忘れちゃうわけ? ありえないでしょ!?」とかね。。

    でもね、ありえるんですね、これが。

    先天的に注意力が欠けている人ならやりがちなこと。

    別に注意力の話に限らず、たいていの人間には「普通の人なら出来ることが、どうしても苦手」という一面があったりします。

    たとえば、私の友人には「外泊するのが苦手」という子がいるんですね。

    ちゃんとした旅行など、「よそに泊まる準備」をね、かなり万端に整えていればいいそうです。

    でも、何の用意もしてないのに、「遅くなったから今日はうちに泊まっていきなよ!」とか、そういうのは絶対に無理なんですって。

    うちの母が「注意欠陥障害」なら、この彼女は一種の「潔癖症」なんだと思います。

    ただ彼女、誰とつき合っても、この言い分を分かってもらえませんでした。

    いっくら気持ちを説明しても、
    「なんでそんなに泊まるのが嫌なの? うそでしょ? 他に理由があるんじゃない?」と言われ続けたのです。

    そして、最終的にはいつも「どうせ俺に本気じゃないんだろ……」みたいな話になってね、相手が失望し、恋が終わってしまうのでした。。

    彼女だって努力はしたそうです。

    何度かガマンして、急な外泊をしますが、いつもすごーく嫌な気分で疲れます。。

    「こんなの毎週は無理!」ということになりますが、相手は理解できません。
    「先週は平気だったのに、なんで?」と思えるらしく、「愛が冷めたのか?」と不審がられて、辛かったそうです。

    母親にいろんなことを忘れられた私も不幸だし、
    彼女に泊まることを拒否された恋人たちも不幸ですよね。

    なぜ、こういう不幸がね、起こってしまうのかというと
    「愛していれば、どんな欠点や難問でも克服できる!」という“神話”をね、今の世の中の人達が信じてしまっているからだと私は思うんですね。

    そう。それは「神話」なのです。

    クリスマスにサンタさんがやってくると信じるのは勝手だし、
    愛していれば、相手のためにどんなこともできると信じるのも勝手です。

    だけど、どちらも不幸になる可能性が……。
    なぜなら、それは「神話」であって「真実」とは言えないのですから。。

    あなたにも、ひとつくらいは何かありませんか? どんなに好きな人の頼みであっても、「これはちょっと克服できない」と思うこと、ないでしょうか?

    「あるある、私は虫が苦手だから、好きな人が困っていたって、虫のいる部屋には入れないよな……」みたいに思える方は大丈夫! 相手の欠点にもきっと寛容でいられますよ。

    だけど、子供のころの私みたいに

    「私だったら、自分の大事な人から頼まれたことを忘れるなんてこと、絶対しないもん! 大事に思ってないから、うっかりするんだよ!」
    みたいにね、考えてしまう方は注意したほうがいいかもしれません。

    あなたは根性のある人ですが、「根性なし人間」が信じられず、相手の愛を疑ってしまいやすいはず。

    「普通、好きだったら、こんなふうに相手を待たせたりしないでしょ!」とか、

    「本気で愛しているんだったら、私を泣かせたりしないんじゃないの?!」なんて思って悲しくなってしまうこと、多くありませんか?

    もし、愛されていないことに絶望しそうになったときは、私の言葉を思い出してくださいね。

    「愛していれば、どんな欠点や難問でも克服できる!」というのは“神話”なのです。
    異性に無理難題を吹っかける「かぐや姫」にならないようにしたいですね。

    そして、(なかなか難しいけれど)困った欠点を持っている相手をまるごと愛し、許してあげられたらいいな……と思うのでした。。

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  • ガマンすればするほど、未来は明るくなっていくからファイト!

    ガマンすればするほど、未来は明るくなっていくからファイト!

    誰ひとり経験したことない、「不思議なゴールデンウィーク」になりましたね。

    新幹線はガラガラ、空港もガラガラ。
    どこにも行けない私たち。。

    この時期の休暇を楽しみに働いている方だって多いというのに、参りましたね。

    でも大丈夫。
    だって私たちの未来には、幸せしかない気がします!

    昔ね、私にも会社勤めをしていたころがあるのですが、そのころは、たまの休みにゲームをするのがスゴく楽しみでした。

    「いつか退職したら、一日中ゲーム三昧したい……」と夢見ていました。

    ところが、実際にそうなってみると、ゲーム三昧の日々に一週間で飽きてしまったのですが、でも、その一週間は本当に幸せでしたよ!

    この経験で私が知ったこと……それはね、「休みの日」があんなにも楽しかったのは、仕事が辛い日々があってのことなのだ、ということでした。

    今回の自粛の日々は、そのときのことをちょっと思い出させます。

    制限が多くて辛い日々を送っている私。だからこそ、解放されたら本当に嬉しいはず!

    外食って楽しいねぇー。
    ショッピングモールって楽しい!
    温泉って最高だよね!

    ……と、どこに行っても今までの100倍くらい楽しさを感じられると思うのです。

    その日がいつになるかは分からなくても、いつか必ずやってきます。

    ということは、私たちの未来には、楽しみと幸せで満ちたりる日がくるわけで。。

    ガマンが続けば続くほど、喜びは大きくなりますよ!
    そのことを希望に思って、あと少し、いろいろな困難を乗り越えていきましょうね。

    どうぞ、それぞれの“よき休日”をお過ごしください☆彡

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  • 小樽でキャンドルを眺め、幸せになってきました!

    小樽でキャンドルを眺め、幸せになってきました!

    この冬、小樽に行ってきました。

    「雪灯りの路」という、街のあちこちにすごい数のキャンドルを灯すイベントをね、小樽でやっていると知ってから、ずっと行ってみたかったのです。

    そのときに見た美しく、暖かい光景を動画にまとめて、私のYouTubeチャンネルに載せています。

    今回、「動画を撮ろう!」と思ったのは、現地に到着してからでした。

    キャンドルの灯りの揺らめきを見て、この動きはぜひ、映像で残したい! 写真では伝わらない!という気持ちになったのです。

    きっと、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
    炎のゆらめきには、「1/fのゆらぎ」と言われる独特の動き方があって、そこには確かなヒーリング効果があると言われます。

    このゆらぎを眺めていると、脳ではα(アルファ)波が強まり、ベータエンドルフィンが放出されて、心身の緊張が解けたり、痛みが鎮まったり、幸せな気持ちが強まったりするそうです。

    確かにそう。小樽の街にいるあいだ、奇妙なくらいにルンルンと楽しくて、体がエネルギーに満ちていて、自分が多幸感に包まれているのを感じていました。

    マイナス一度の気温のなか、重たいカメラを振り回しながら、夜の街を3時間も歩いていたのですが、あまり疲れないのです。不思議でした。

    「なんだか私、体が強くなった?」と勘違いして、ひとり、はしゃいでいたのですが、あとで考えるとあれは、エンドルフィンの力ですよね。

    なにしろ、ベータエンドルフィンというのは、「脳内麻薬」とか、「内蔵モルヒネ」なんて言われているほどの幸せホルモンなのですから。

    とにかく、2泊3日の旅のあいだ、本当にずっとずっと幸せ気分で、疲れ知らずで、これまで「挑戦したい」と思いつつも、なかなかトライできなかった動画の撮影を、なんの抵抗もなく出来てしまって、もう驚きです。

    家に戻ってからの動画編集も、すごいスピードで、こなしました。

    早く作って観たかったんですね、自分自身が。

    今もね、毎晩、自作のキャンドル動画を眺めています。これを見ていると、じんわりと幸せ気分が戻ってくるのです。

    でも、あれだけ多くの炎の優しいゆらめきを何時間も眺めていられる喜びは、やはりその場にいないと味わえません。

    毎年、2月に行われているイベントです。
    これからはずっと通おうかな……と、心密かに思っているのですが(笑)、みなさんも機会があれば、ぜひ行ってみてくださいね。

    小樽以外でも冬場にキャンドルの灯りを使うイベントが最近は増えてきていますよね。そういう場所で癒し効果を実感されてもいいと思います。

    ところで、「キャンドルを灯す」って、一歩間違えば、とても危険なことにもなる「火」を扱う行為です。それをこんなふうに大規模に実行されている小樽の街の方たちに、ふっとね、深い感謝を覚えるような瞬間もありました。

    この「雪灯りの路」という優しい祭りがずっとずっと、続きますように……。
    心からそう願っています。。

    ▼小樽の旅『雪あかりの路』街歩き~Day1~

     

     

  • 不幸から抜け出せない理由は「方向転換が苦手だから」です

    不幸から抜け出せない理由は「方向転換が苦手だから」です

    今年もそろそろ終わり。

    一年間、いろんな方の鑑定をしてきましたが、最近思うのは、「悩みを抱えている人には二種類のタイプがいる」ということです。

    ひとつのタイプは、不幸に陥っても、そこから脱出するのが上手い人。

    もうひとつは、不幸にハマり込むと脱出できず、長いあいだ、苦しい人生を過ごしてしまいやすい人です。

    このふたつのタイプを分けるもの。
    それは「方向転換」が出来るどうか――これにかかっている感じがします。

    というのも、すぐに不幸を抜け出せる人って、みなさん、方向転換が上手に見えます。

    たとえば、鑑定で好きな人とのことを占っていて、
    「その人との恋が進展するのは、今すぐはちょっと難しいかも……」とお伝えすると、

    「そうですか……。
    では、他の出会いって今後、ありますか?」とか、

    「恋のほうが無理なら、今の仕事でもっと成功する方法はありますか?」とか、

    頭をサッと切り替えて、別のことを尋ねようとなさる方がこのタイプです。

    上手く行かないことに執着せずに、他の道を探ろうとする意欲を持つのって、幸せや成功をつかむために欠かせません。

    そんなのは誰でもできるように思うでしょうか。
    ところが、そうでもないんですね。

    「方向転換」がすごく苦手な方もいます。

    たとえば、先ほどと同じく、
    「その人との恋について、今すぐはちょっと……」とお伝えすると、

    「えー、でも、なんとかなりませんか?」
    「うーん、でも待っていれば、変わりますか?」
    と、
    方向転換することなんて考えもせず、「このまま、なんとかなってほしい。自分は変わりたくない」という“運頼み”になってしまう方がやっぱりいらっしゃるんですね。

    これを読んで、
    「私もそのタイプ! ヤバいの?」
    と、不安になった方がいらしたらごめんなさい。

    ヤバいわけでは決してありません。

    「そんなんじゃダメだ!」とお説教したいわけでもありません。

    とはいえ、「方向転換の拒否」という姿勢は「不幸から抜け出せない体質」につながりがち。

    それに人生は永遠ではありませんよね。

     

    苦しいことを半年、1年と続けてようやく幸せが見えてくるより、「他にも幸せになる方法があるかもしれない!」と考えて、すぐさま方向転換してみることも視野に入れておくほうが圧倒的に「幸せなれる可能性」は高まります。

    とはいえ、何かに必死になっているときって
    「絶対にこれじゃなきゃイヤ!」
    と思ってしまうことがあるんですよね。

    実は私も、そうなりやすいタイプの人間です。

    たとえば、最近の私はネットで洋服を買うことが多いのですが、
    チェックしておいた商品をいざ、買おうと思うと売り切れになっていて、
    「え―――っ、昨日まで在庫5点って書いてあったのにぃぃぃ」
    と、地団駄を踏むことが続いています。

    不思議なことに「ない」と言われると、なんとしても欲しい気持ちがムクムク。

    似たような商品はあるんだから、他のものに目を向ければいいものを、そうはせずに、そのショップの在庫に変化がないか、翌日以降もチェックしたり、リアル店舗で聞いてみたり、けっこう執着してしまいます。

    でも不思議なものです。

    リアル店舗に行って聞いてみて、
    「1点だけございます。ご覧になりますか?」
    と言われると、

    わーいと喜びながらも、店員さんが在庫を探しに行っているあいだに、

    「よし、しっかりチェックして、すごくよければ買おう。
    あ、でも、ここに置いてあるのもいいな、こっちにしようかな……」
    なんてね。

    さっきまでの執着ぶりはどこへやら。
    結局、私は「ない」と言われたことが悔しくて、「方向転換」ができなくなっていただけだと気づいたりするのです。

    私なんて洋服でさえ、こうなのですから、みなさんが好きな人や、やりたい仕事をそう簡単に諦めたりできないお気持ち、すごくよく分かります。

    それに、諦めるのが苦手な人って、頑張り屋さんが多いです。

    どんなに辛く、苦しかろうと粘っていける努力家の人にしかつかめない幸せは絶対あります。最後に笑うのは、そういう方なのかもしれません。

    ……と言っても、話は戻りますが、人生は有限です。
    あれに執着したばかりに、遠まわりするばかりの人生にならないようにもしたいもの。。

     

    そもそも、方向転換というのは、あきらめることとは違うんですね。

    たとえば、好きな人にフラれたら、いったん方向転換して他の出会いを探してみて、そうしてみた結果として、「やっぱり他の人じゃダメだ!」と思ったら、また帰ってくればいいのです。

    思い通りにならないことが不幸なのではありません。

    思い通りにならなければ、方向転換すればいいだけなのです。

    不幸な状態というのは、思い通りにならないことに執着して、そこに居座ってしまうこと。そして、どうにも自分を動かせなくなってしまうことを「不幸」というのです。

    「これ」がダメなら「あれ」はどうだろう?
    ……そういうふうに頭を切り替えてみることが自分を救う場合は多いものです。

    こんな人生の知恵も、ぜひ覚えておいてくださいね。

     

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  • 「自分を甘やかす」のと「自分に優しくする」の違いを知ってくださいね

    「自分を甘やかす」のと「自分に優しくする」の違いを知ってくださいね

    最近、鑑定で気になっていることがありました。

    自分で自分をいじめる日々を送っている方に、
    「もっと自分に優しくしてくださいね」
    とお願いすると、「?」な答えが返ってくる場合が多いのです。

    たとえば、ひとりの方は言いました。

    「そうですよね。でも、なにをすればいいのか分からなくて。
    お金もないから、そんなに贅沢できないし……」
    と。

    もいひとりの方はこう言います。

    「分かりました! 自分に優しくするって大事ですよね。でも毎晩けっこう飲んでいるので、これ以上飲むのはヤバいし……」
    と。

    こういう答えが返ってくるたび、私の頭にはいつも「?」が浮かんでいたのですが、あるときふと、気づいたのです!

    きっと、私から
    「もっと自分に優しくして」と言われた方は、
    「もっと自分を甘やかしてね」と言われたと感じたのでしょう。

    そのため、
    「分かりました。でもお金がないから贅沢して自分を甘やかすことができない」
    とか、
    「すでに毎晩けっこう自分を甘やかして飲んだくれているんですよ」
    とか、
    そういう答えを返してくださったんだと思うのです。

    なるほど、なるほど。
    気づくのが遅くてゴメンナサイ。

    でも私が勧めたかったのは、「自分を甘やかすこと」では決してありません。
    むしろ、その逆なのです。

    そもそも私が「自分に優しく……」とアドバイスしたくなるのがどんな人かというと、失恋して落ち込んでいて、それなのに自分をますます追い込むような自虐的な毎日を送っているような方だったりします。

    つまり、
    「そんなふうにお酒に逃げていたら体を壊すよ。
    もっと自分に優しくしましょう。
    自分を労わってくださいね」
    と、そんな意味で言っているつもりだったんですね。

    ところが、ご本人は
    「やっぱり辛い時期だから、自分を甘やかしたほうがいいんだよね。先生もそれでいいって言ってくれているんだ」
    と、そう捉えてしまわれることがあったわけです……。

    これは困った行き違いです。

    なにしろ、「自分を甘やかす行為」というのは、自分に優しくないことである場合が多いんですね。

    たとえば、
    失業して絶望するとお酒の量が増える人が多いです。

    でも、そうするとアルコール依存になってしまい、仕事がなくてお金がないのに、酒代がかさんで、ますますお金に困ることになります。

    失恋して絶望したときは、甘いものの量が増える人が多いです。

    そうすると体重が増えてしまます。早く次の恋を探したいのに、だんだん体型に自信が持てなくなってきて、孤独が続いてしまうことになります。

    ね、分かりますよね。
    自分を甘やかすとこういうふうにマズイことになりやすいのです。

    ただ、「自分を甘やかす」って“即効性”があるのです。

    とにかく、その瞬間の辛さ、苦しさは紛れます。
    衝動買いもそうだし、やけ食いもそう。ゲームやアニメへの逃避なんかもそうでしょう。

    それに、そもそも自分を甘やかしてあげよう、という気持ち自体は、自分をねぎらう気持ちから来ています。
    別にね、自己破滅的な行動ではないんですね。

    そもそも日本人は真面目です。
    特に女性には真面目な方が多いです。

    日ごろから自分を抑えて、いろんなことをガマンしているので、辛いことがあったときに、
    「今日くらいはアイス山盛り食べてもいいよね!」
    とか
    「たまには大人買いでもしなきゃ、やってられないよね!」
    と、
    自分を甘やかすことで自分を慰めようとするわけで、そこにはちゃんと「自分を労わろう」という思いやりの心が働いています。素敵なことですよね。

    けれども、1日や2日で済まず、自分を甘やかすことが習慣になってしまうとね、先ほども失業や失恋の例をあげましたが、自分をますますひどい状況に追いやることになってしまうもの……。その点には十分、気をつけてほしいな、と思うのです。

    といってもね、辛い時期に「自分を甘やかすのをピタッと止める」のって、しんどいですよね。

    分かります。私もよくやります。

    辛い日に夜更かしたのがキッカケに、
    そこからずーっと、夜更かしグセがついてしまい、なっかなか睡眠リズムを元に戻せなくなったりしてしまいます。。

    それでだんだん自己嫌悪したりして……。イヤになっちゃいますよね。

    とはいえ、まずね、自分を甘やかしてみてもいいでしょう。

    そういうときも必要だって分かっているから、私たちは長い目で見ると自分に優しくないことをするんだと思います。

    それに、ぎっちぎちの規則で自分を縛って「優等生」であろうとすることも、「魂に優しいこと」とは言えませんから、いいのです。

    どちらにしろ、「自分を甘やかすだけでは根本的には救われない」と、身に染みて気づくときって来るもの。

    そのときはじめて、本当の意味で「自分に優しくする」とはどういうことかを考え、自らを労わることができるようになるはずです。

    これが出来ると、人生すごく変わります。

    簡単なコツがあるので、最後に紹介しておきますね。

    「今このときの満足」を求めている気持ちをね、
    「未来の満足探し」に向けること。これだけです!

    ストレスがかかってくると、
    「とにかく、今すぐ満足したい!」となりますが、そこをグッとこらえて、
    「明日の幸せのために何ができる?」と考えてみてください。

    そうすれば、
    「早く寝たほうがいいな!」とか「部屋を片付けてスッキリしよう!」とか、地味ではあるけれど、「明日、確実にいい気分になれること」をしたい気持ちが増してきますよ。

    「そんなにうまくいく?」なんて疑わず、軽い気持ちで試してみてくださいね!

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    人生の「辛い時期」の正しい過ごし方

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  • 離れられない、辞められない……そうなるのは「耐性」がつくせいです

    離れられない、辞められない……そうなるのは「耐性」がつくせいです

    「こんな仕事、もうイヤ!」と思い始めたのは随分まえのこと。
    それなのに、結局、今も同じ仕事を続けている……。

    そういうことってありますよね。

    辞められない、離れられない……そうなるのは「耐性がつく」せいです

    「彼とは終わりにしよう……」と何度も思っているのに、なぜか離れられずに腐れ縁が続いてしまうこともあるでしょう。

    辛くて仕方ないはずなのに、止められないことって、誰しも一度は経験していると思います。

    どうしてそうなるのか……?
    その答えは意外と簡単なんですよ。

    というのも、人間はどんな状況にも慣れてしまう生き物なのです。

    辛い仕事にも、
    報われない恋にも、
    貧乏や退屈や、
    メンタルの不調にも、

    それがどのような状況であれ、その状態にある期間が長くなれば長くなるほど、“耐性”がついてくるんですね。

    その結果、「こんなことは耐えられない!」と思っているはずなのに、その状況から抜け出せず、ズルズルと続いてしまう悲劇が起こります。

    そうならないためのポイントは、「耐えられない!」と感じたらすぐ、状況を変えるために動き出すことが大切なんですよ。

    耐性がついてからでは大変です。

    もしもあなたが「自分は腰が重いほうだ」と思っているのなら、今日からでも、その性質をやっつけることに意識を向けましょうね。

    物事を先延ばしにしたり、決断を後回しにしていると、あらゆる問題に耐性をつけることになってしまいます。

    グズグズしてしまうクセを直さずにいることは「辛いことが起きても、その辛い人生に居座ってしまうこと」につながっていくのです。

    とはいえ、どうしても身動きがつかない状況に置かれてしまう場合はあるもの。

    その結果、グズグズしていたわけではないけれど、辛い状況への耐性がついて、現状を抜け出せなくなることもあると思います。

    そこに希望はないかというと、もちろん、そんなことはないんですよ。

    そもそも、“耐性”というのは呪わしいものではありません。

    たとえばね、ケガでもして入院し、病院のマズイご飯ばかり食べているうち、舌がだんだん麻痺してくると、「まぁ、これでもいいや」という気分が出てきます。

    そういう気持ちが出てこなければ、グルメを楽しんだ日々がちっとも忘れられず、入院中、苦しくて悲しくて仕方なくなってしまいますよね。

    ですから耐性のおかげで救われることがあるのも確かなわけです。

    とはいえ、せっかく退院できたというのに、耐性がついたせいで、食べることに無頓着になり、コンビニ飯を続けても平気になる、というのは哀しいもの。

    そうなると、今度は食事のせいで体調を崩す、といった不幸のスパイラルが生まれてしまったりしそうです。

    仕事や恋愛も同じです。
    「もう抜け出せる」という状況になったとき、「まぁでも、別に今の状況に慣れてしまったし、動くのは面倒だし……」と思うのは考えもの。

    今からでも遅くはありません。重い腰を上げてみませんか?

    満足しているわけではない状況に留まる理由が、「もう慣れたから……」ということ以外に何もないなら、違う仕事や恋を選択してもいいはずですよ。

    いっぽう、“耐性”という厄介なものを上手く活用する人は必ず成功します。

    たとえば、「この分野で成功したい!」と願うことがあるなら、それがどんなジャンルであれ、「努力」が必要になりますよね。

    勉強や仕事をスタートすると、最初はとても大変です。

    続けるのが苦しくなると、夢をあきらめ、努力を止めたくなります。

    でも、「耐性は武器になる」と知っていれば、挫折せずに済むでしょう。

    つまり、努力を始める地点で、
    「最初は苦しいけれど、この苦痛はずっと続くものじゃない。自分はこの状況に慣れてくるだろうし、そうなれば、辛くは感じなくなるだろう」
    と考えて、努力をスタートできる人は強いわけです。

    そういう人は、「耐性がつくまでの期間だけ、辛抱すればいい」と分かっています。そのため、そうではない人よりずっとラクに苦痛を乗り越えられるのです。

    さて、今のあなたはどっちですか?

    望みもしない苦しいことを続けているのに慣れてしまい、なかなか不幸から抜けだせないなら、腰を上げることを検討してみてくださいね。

    本当のところ、あなたはもう自由なのです。

    楽しくもない仕事や、不誠実な人との恋を惰性で続ける必要なんてありません。

    別の世界に旅立つことを考えましょうね。

    いっぽう、大きな夢があるのに、努力を続けるのが苦しくなってきているなら、あと少しの辛抱です! 

    今はまだあきらめないでください。
    もうすぐきっと、“耐性”という魔法が効き始め、あなたをラクにしてくれますよ。

    今の自分が感じている苦悩が、どちらに当てはまるのかも分からないくらいに人生が辛くなっている方は、ご相談を。

    カードがね、あなたのもつれた状況を解きほぐしてくれるはずです。

    そのお手伝いをさせてくださいね。
    気軽にメールをくだされば嬉しいです。

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  • 信用していた友達や恋人に裏切られたとき……考えてみるべきこと

    信用していた友達や恋人に裏切られたとき……考えてみるべきこと

    「裏切りに遇う」というのは人生における最悪の経験のひとつです。

    おおげさな話ではありません。

    ギリシャ神話や古事記など、はるかかなたの昔から「裏切りの物語」は悲劇として語られ続けているのですから。

    でも、これは同時に、多くの人が経験することでもありますよね。

    「裏切りなんて、歴史上の偉人でもない私には関係ない」なんていうことは決してなく、友達や恋人、部下や上司に裏切られて嘆いた経験を多くの人がしていると思います。

    「こんなの、ありえないでしょ!」と思いたいけれど、実はよくあること。。
    それが「裏切り」の現実です。

    ただ、面白いことに、あなたを裏切るのは大抵の場合、「裏切らない気がする相手」なんですね。

    だって、みんな言いますよね。
    「この人だけは、絶対、私を裏切らないと思っていたのに……」と。

    つまり、最初から裏切りそうな相手に裏切られることはあまりないのです。

    そして、裏切るなんて考えられないくらい信頼してきた人から裏切られる確率は結構、高いわけで。
    だからこそ、裏切りは「悲劇」なのです。

    どうしてそうなるのか……。
    その理由もね、ここにあります。

    「裏切る相手はたいていの場合、信頼している人である」というところに、“裏切りのからくり”が見えているんですね。

    ものすごく簡単にいえば、「私を裏切らないはず」と期待することにより、私たちは裏切りに遇うことになってしまいます。

    たとえば、あなたが小さな会社を立ち上げた社長なら、一番の右腕のような人に対して、「この人だけは私を裏切らないだろう」と期待するでしょう。

    その他の社員やアルバイトが突然、「辞める」と言い出しても、別に驚きもしないし、失望もしません。
    「まぁ、そんなものだろう」と思うので、裏切られたと感じないわけですね。

    ところが、です。
    右腕的な存在が「辞職する」と言い出したら、社長はこれを晴天の霹靂だと思うかもしれません。

    そうなれば、
    「一緒にがんばろうって言ったじゃないか!
    それに、今が一番この会社の大変なときだと知ってるくせに!」
    と怒り狂い、「ひどい裏切りに遭った……」と嘆くことになるでしょう。

    けれども、右腕のような立場にいた人は、実のところ、ワンマンな社長の振る舞いにずっと耐えてきました。

    「信頼されているから頑張ってきたけれど、もう耐えられない……」と思い、それで辞めたいといったとたん、「裏切りだ!」と責められて。。

    ……そんな場合もおおいにあるはずです。

    でも、今のあなたが、友達や恋人に裏切られ、死にそうに辛い思いでこれを読んでいるのだとしたら、あなたからすれば私もまた、裏切り者でしょう。

    「これを読めば、裏切りに遭った辛さが癒されるかも」と期待しているあなたの想いを今、私は見事に裏切りました。

    つまり、そうなのです。「期待」があるところには「裏切り」が発生します。

    裏を返せば、「期待がなければ、裏切りもない」んですね。

    では、期待なんか持った自分が悪かったのか?

    そんなことはありませんよ。

    だって、「期待」というのは希望や夢と同じです。
    叶わない場合もありますが、叶う可能性だって十分あるものですから、持ってもいいのです。

    ただ、期待通りにならなかったとき、「これは裏切りだ!」と憤ることは避けたいもの。

    なぜなら、それはあなたのハートを深く傷つけます。

    「もう誰も信じられない……」と感じることになり、次の夢や愛を心に育てることが難しくなってしまうかもしれません。

    では、裏切られた気がしたとき、どうすればいいかというと、「憤る」のではなく「ガッカリする」のがいいと思いますよ。

    「あなたにはすごく期待していたのに、ああもう、ガッカリ……。」
    そう思うだけなら、ハートが引き裂かれるほどの激痛は起こりません。

    ガッカリだけど、仕方ない。
    きっと、自分が期待し過ぎていたんだよね。。

    ――そういうふうに冷静に考える意識をね、わずかにでも持っていれば、立ち直ることはずっとラクになりますよ。

    そして、
    「もう二度と誰も信じない!」なんて考えず、
    「どこかに私の期待に応えてくれる人はいるはずだから、また探さそう……」と思えるはずです。

    本当にその通り。
    あなたの期待に応えてくれる相手をね、探すことを止めずにいてほしいのです。

    ただし、「私を絶対に裏切らない人間しか信用しない」という狭い心にはならないほうがいいですよ。

    なぜって人は誰しも、いろんな理由があって、相手の期待を裏切ることをしてしまうもの。

    あなただって、もしかすると、誰かの期待を裏切ったことがあるかもしれません。

    「期待されているのは分かるけれど、自分は他の仕事がしたいんだよ」とか、
    「待ってほしいと思っていたのは分かるけど、私はもう待てなかったんだよ」とか、
    そんなふうに思ったことはないでしょうか?

    人間ってお互いに、相手の期待を裏切ることもあります。
    そのたび、縁を切っていたら、どんどん孤独になってしまいます。

    切れない絆をつむぐには、自分を許し、相手を許す気持ちがいるのです。

    ですからどうぞ、腹立ちを落ち着かせ、もう一度、あなたの大切な人に向き合ってみてくださいね。

    その勇気さえあれば、あなたはきっと幸せになれます。

    裏切っても、裏切られても、もう一度信じ合うことを覚え、孤独ではない人生を歩んでいけるでしょう。

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    愛していたって間違いは犯します

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  • 幸運がやってきてほしいなら「運命はいつも私の味方」と信じていましょうね

    幸運がやってきてほしいなら「運命はいつも私の味方」と信じていましょうね

    あなたの想像を超えたところから訪れるもの。
    それが「運命の導き」です。

    そして、運命はいつもあなたの味方です。

    あなたに災いをもたらす運命はありません。

    どんな過酷な運命すら、そのあとには「あれはあのときの私に必要なことだったんだ……」と振り返る結果になる時期が来ますよ。本当に。

    そのとき、「あの運命もまた、自分の味方であった」ということにあなたは気づくでしょう。

    「そういう時期がきっと来るだろう」と信じている人ほど、“そのとき”の訪れを見逃しません。

    来ると信じていなければ、チャンスや転機が目のまえにやってきたときも、「どうせ救いなんてない」と思っているため、成長や幸運の兆しを見過ごしてしまうのです。

    それはちょうど、友人が自分の味方だと信じている人といない人の差に似ています。

    友達からの助言が役立つことがあると思っている人は、素直に耳を傾けます。

    でも、「友達なんて、結局は自分のことを真剣に考えてはくれないから」と思っていると、大切な言葉も耳から抜けてしまうでしょう。

    あなたはどうぞ、「運命は自分の味方だ」と信じる人であってくださいね。

    たとえ、そんなポジティブさが持てないほどに、これまでたくさん運命から弄ばれてきたのだとしても、それでもね、いつかちゃんと「好転のとき」が来ることを信じてほしいのです。

    だって、信じ始めたらその瞬間からもう救われ始めます。
    人生ってそういうものです。

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    『心震える奇跡鑑定!【ジューン澁澤】最果ての神秘・オーロラタロット』

     

  • 何をやってもうまく行かない時期に、まず試してみてほしいこと

    何をやってもうまく行かない時期に、まず試してみてほしいこと

    ダメだ。何をやってもうまく行かない……。

    そんなふうに感じるときが人生にはありますね。

    いろんなものが壊れるし、起きてほしくないことばかり起こるし、よかれと思ったことも裏目に出てばかり。。

    私もね、去年はまさにそんな年でした。

    なにしろ、年明け早々、上の階からの水漏れが。
    お正月休みなので、業者も管理会社もお休みで難儀しましたっけ。。

    そのあとも、ある日突然、冷蔵庫が壊れて食品すべて台無し。

    次はテレビが突然プツッと壊れて、それっきり。

    他にもいろいろ辛いことが重なり、みなさんにもたくさん慰めていただく年になりました。
    (お優しいお気持ち、寄せてくださって、ありがとうございました)

    こういう時期に突入すると、運気を調べたくなる人は多いと思います。

    私もね、鑑定にいらした方から、
    「今って、なにか悪い時期なんでしょうか? ひどいことばかり起こるんです」
    と尋ねられることはあります。

    さらには、
    「厄払いとか必要ですか?」
    と問われることも。

    もちろん、今の運気を知って用心するのは悪いことではありません。
    厄払いに行くことで安心できたら、それもとてもいいことだと思います。

    ただし、ちょっと待った!

    私がそういう質問をいただいたとき、いつもお答えしているのは、「運の良し悪し」とか「厄払いがいるかどうか」ではないんですね。

    こういうときは、相手に必ずお尋ねします。
    「上手く行ったことって、ひとつくらいはなかったですか?」と。

    実のところ、人間は「物語作り」の名人です。

    自分の人生の中のいろんなエピソードをつなぎ合わせて、意味ある物語を作ることを知らず知らず、誰でもやっているんですね。

    水漏れ被害に遭った。
    家電が立て続けに壊れた。
    友達とケンカした。
    親が入院した。

    ……このように「よくないエピソード」が複数あると、それはひとつのチャンクにまとめらます。そして、そのチャンクを元に、「何をやっても上手く行かない物語」が心のなかで紡ぎあげられてしまいます。

    でも考えてみてください。
    ここにあげたような出来事だけが、自分に起こったことであり、他には何も起きていないかというと、そんなことないでしょう。

    去年の私に起こったことだって、「よくないエピソード」だけではありませんでした。
    いいことも、上手く行ったことも、ちゃんとありました。

    たとえば、『シャドーキャット・タロット』が形になって、みなさんに見ていただけたのは、、おおいに嬉しいことでした。

    ところが、「去年は何をやっても上手く行かない年だった」という物語が頭のなかに出来上がると、他のエピソードは忘れ去られてしまいやすくなります。

    厄払いに行くか悩んでいる人の場合も、実のところは
    「悪いことが多くあったけれど、何もかもが上手くいかなかったわけではなく、いいこともあった年」だったりします。

    ただ、これではまとまりに欠け、わけのわからない年に思えてきます。

    それはそれで頭がスッキリしません。次に起こることも読めなくなってしまいます。

    それよりは、「今年もう何をやっても上手く行かない。だから、今後もしばらく大きく動かないほうがいい」という物語にしておくほうが、気持ちが落ち着くわけなのです。

    でもね、それで気持ちが落ち着いていたはずが、さらに悪いことが起こったときには、不安が一気に強まりがちです。

    「これはもう、私に何か悪いものがついているとしか思えない! 厄払いしたほうがいいの? どうなの?」と心配してしまうことになるわけです。

    で、そういう心理状態で鑑定にいらっしゃった方にお伝えするのが先の質問なんですね。

    「本当に悪いことしか起きていませんか? 何かひとつくらい、いいことはなかったですか?」

    そう尋ねてみると、たいていは
    「そうですねぇ。いいことと言えば、仕事で昇給したことくらいかな」
    みたいな話が出てきます。

    「それって、すごくいいことじゃないですか?」
    と聞くと、
    「うん、まぁ確かに。ずっと、ここ5年くらい願っていたことなんで」
    と答えが返ってきたりします。

    「だとしたら、何をやっても上手くいかないわけではなくて、悪いことがいいこと以上に多かった、ということでしょうね」

    「そうですかねぇ……」

    「もしね、何かに呪われていたりすれば、昇進みたいないいことが起こるわけがないですよね。」

    「確かに」

    「厄払いをしてもいいですけれど、今すぐ絶対にしておかないと大変なことになるわけではないと思いますよ」

    と、そんなふうに話が進んでいきます。

    すると、みなさん、自分が作った物語にハマっていたことに気づいてきます。そして、心が落ち着くんですね。

    「そうか。いわれてみればそうですね。なんだか、悪いことばっかり意識しすぎていたみたいです」
    というように。

    あなたも今、「何もかもうまく行かない……」と悩んでいるなら、いいことが何か最近なかったか、振り返ってみてください。

    そうすることで、不安な物語を書き換えることができるかもしれません。

    ひとりで出来ないときは、私がお手伝いしますから大丈夫。
    いつでも相談してくださいね。

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  • 新しい時代に、新しい自分を見つけるのに最適なのは「リセット旅」です

    新しい時代に、新しい自分を見つけるのに最適なのは「リセット旅」です

    ゴールデンウィークの旅行から帰ってきた友人たちから、いろんなお土産話を聞かせてもらう日々が続いています。

    旅先の話って、「へぇー、面白い!」と思うことがいっぱいあります。

    自分が行ったことのない国や地方の話だからかもしれませんが、それだけではなくて、友達が旅先で、いつもとは違う行動を取っていることにも新鮮さを感じる気がします。

    旅って、人を開放的にするのでしょうね。

    そこには知っている人がいないから、いつの間にか演じ続けてしまっている「キャラ」を脱ぎ捨て、自由な自分に戻れるのだと思います。

    近年の私は普段、ひとりで行動することが多いので、「キャラ」に閉じ込められた窮屈さはありませんが、それでも遠いところに行くと、「どこから来たの?」と聞かれるのが好きです。

    そう言われた瞬間、「そうか、この人は私がどこで暮らしているかも、ふだん、何をしているのかも、なんにも知らないんだな」と思うと、気持ちがちょっと開放された気がするのです。

    ところで、この五月、時代が「平成」から「令和」へと変わりました。 でも、騒がしい報道が鎮まってくると、別に何も変わらない日々だな……と感じてしまって、少し虚しくなったりしていませんか?

    「令和元年」になったところで私の人生は今まで通り……というのでは、なんだか気持ちが落ちてしまいます。

    もし、今のあなたが「新しい時代にふさわしい、新しい自分」を見つけたいと願っているなら、「旅すること」を計画してみるといいですよ。

    たとえ一泊でも、近場でも、あなたが誰なのかを知らない人たちに囲まれる旅へ。

    そうすれば、今のあなたに張り付いている「キャラ」の仮面が取れて、魂が自由になるはず。

    これからやりたいこと、試したいこと、こんなふうに生きたい……という願望などが、胸の内から湧き出して、あなたの「令和」が見えてくるでしょう。

    元年の夏は、「旅でリセットする夏」へ。 そんなことを考えながら過ごしていれば、きっと残りの五月を充実させられると思います。お試しを!

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

  • 多重人格な私たち~心のなかに存在している「いろんな私」とは?

    多重人格な私たち~心のなかに存在している「いろんな私」とは?

    前回のダイアリーで、私たちの心に住んでいる「執着さん」のお話をしました。

    実は心のなかにいるのは「執着さん」だけではありません。
    私たちの性質って、ある意味、「多重人格的」なのです。

    みなさんの心の中には、「理性的で賢い自分」もいるのですが、そのいっぽうで、幼い「執着さん」がいたり、感情に流されやすい「流れ者」だとか、不機嫌になりがちな「ごきげんナナメちゃん」がいたりするんですね。

    また、優しさや愛にあふれている「天使ちゃん」がいるいっぽう、よこしまなことを考えつくのが得意な「悪魔くん」がいたりすることもあるでしょう。

    こういうふうに考えてみると、自分で自分のことを理解できる場面が増えたり、解けない謎が解けてくると思います

    たとえば、みなさん、経験ありますよね?
    「昨日の私、なんであんなこと言っちゃったんだろう……」と思うことが。

    口にしたことに限らず、自分が犯した失態について、
    「自分でも分からないんだよね。なんで、あんなバカなことをしちゃったんだろう……」とボヤキたくなることってね、きっと多くの方が経験しているはず。

    そんなときも、「多重人格的な自分」というイメージは役立つでしょう。

    たとえば、あなたに不機嫌な自分をコントロールできない傾向があるとすれば、あなたのなかには「ごきげんナナメちゃん」が住んでいるんだと考えてみてください。

    そうすれば、家族にケンカ腰な態度を取ってしまったりしたときに、

    「ああそうか、あのときの私を支配していたのは『ごきげんナナメちゃん』だったんだろうな。理性的な私だったら絶対にやらないのに、この人格が出てくると、つい余計なことを言っちゃうだよな……。」

    と、そんなふうに、今までの自分の言動を理解できるようになるわけです。

    それだけではありません。
    好きな相手の気持ちもね、ぐんと理解しやすくなったりします。

    この続きとして、次回のダイアリーでは「相手の気持ちの正しい読み方」のお話をしようと思っています。

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    恋をすれば、「自分のこと」も分かってきます

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  • 怒りや悲しみ、切ない恋の未練が消えないときは……

    怒りや悲しみ、切ない恋の未練が消えないときは……

    手放すことが困難なもののひとつに「怒り」や「悲しみ」といった辛い感情があります。

    誰でも怒っているのはイヤだし、悲しみに浸っているのもイヤでしょう。

    でも、怒りが止まらないこと、
    あるいは、悲しみが止まらないこと、
    ――そういうのって、みんな経験していますよね。

    きっと私たちの心のなかには、どんなものでも手放すことが苦手な「執着さん」がいるのでしょう。

    その子はあらゆる感情をギュッと握りしめて放しません。

    怒りがふつふつ湧いてきたときも、悲しみが心にあふれてきたときも、「執着さん」は目ざとく見つけて、その気持ちをつかみます。

    「いつまでも怒っていても(泣いていても)仕方ないでしょ!」と、諭そうとみても完全無視。

    「ヤダ! 手放すのはイヤ!」とダダをこねる困った存在です。

    私のなかにも、この「執着さん」はいます。
    あなたの中にもたぶん、いると思います。

    私の「執着さん」は、怒りよりも悲しみが好き。
    怒りはわりにスラっと手放してくれますが、悲しみはギュギュっと握りしめてしまいます。

    この「執着さん」は、「おじぎそう」という植物に似ています。

    「執着さん」は怒りや悲しみや不安なんていう感情にしがみついたって、いいことなんてひとつもないということを理解していません。79
    とにかく心に湧いた感情に反応して、反射的に握りしめてしまうだけ。

    まるで、チョイッと触れるとキュッと閉じる「おじぎ草」です。
    要は「自動反応」なのです。

    そして、「執着さん」は幼い子供にも似ています。

    「ヤダ、これがいい!」
    と、他人のオモチャにしがみつく子。

    「もう放しなさい!」
    と怒る親。

    でも、言っても無駄です。
    そう言われるほど、子供は友達のオモチャに執着して、意地になって放しません。

    困りますよね。
    ネガティブな感情につかまって、一日が台無しになったりしていると、夢を叶えることもできないし、人生のクオリティがどんどん落ちるし、生きていくのがしんどくなります。

    というわけで、この自分のなかの「執着さん」の鎮め方をね、いろいろ研究してきたのですが、最近になって意外と単純な仕組みが見えてきたところです。

    その仕組みとは、「おじぎ草」の仕組みであり、
    小さな子供の心の仕組みでもあるんですね。

    どちらにも共通しているのは、「かまっちゃいけないこと」です。

    だって、「おじぎ草」は触れれば閉じてしまいます。何度も何度もさわっていたら開いてくれません。

    でも、そっとしておけば開きます。
    放置すればいいのです。

    子供が意地になったときも同じです。

    「止めなさい!」とか「ダメ!」とか、いろいろと説得を試みるのは逆効果。
    そういわれるほど意地になり、自分が欲しいものにしがみつこうとするのが子供です。

    でも、子供って飽きっぽいもの。
    放っておけば、そのうち飽きて、手にしたものへの興味を失うものです。

    これが答えなんですね。

    「いつまでも怒っていちゃいけない」とか、
    「いつまでも泣いてちゃいけない」とか、
    そういうふうに無理やり自分を説得しようとしないこと。

    なぜなら、その説得はたいてい無駄に終わります。
    それで自信を無くします。

    ああ、ダメ。
    私ってどうしてこんなに怒りっぽいんだろう……。
    どうして、いつまでもメソメソしてしまうんだろう……。

    「執着さん」への説得に失敗した理性は、こんなふうに嘆くようになり、「自分は執着さんをコントロールできない……」と判断するようになります。

    まるで子育てに失敗した親のように自信を失うわけですが、そうなると、子供の思うツボ。
    「執着さん」の力は心のなかで大きくなっていき、どんどん図に乗った行動に出るようになるでしょう。

    ですから「説得」は止めましょう。

    すべきなのは「放置」です。放任でいいのです。

    怒りが止まらない。
    悲しみから立ち直れない。
    不安が消えない。
    あの人への想いを断ち切れない。

    どれもこれも、「執着さん」が、その感情を握りしめているせいですから、なんにもしないでおきましょうね。放置しておくことにしましょう。

    そして、ただ観察してください。

    ああ、私まだ怒っているな。。
    まだ悲しみが消えないな。。
    まだ不安。
    まだあの人が好き。。

    ――自分のうちに、そういう感情があることに気づくだけ。
    あとはまた放置です。

    ここで自分を叱りつけたり、なんとか忘れようしたりするのはダメですよ。
    それは、閉じている「おじぎ草」に再び触ることだからです。

    ただ放任しておきましょう。

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    つき合っている相手から「距離を置こう」と言われたときは……

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  • 自分の悩みを「書くこと」は、それだけでも癒されること

    自分の悩みを「書くこと」は、それだけでも癒されること

    無料のお悩み相談コーナーをはじめて7年になります。

    最初のころは、たくさんの方からどっさりメールをいただきました。

    全員に即座にお答えできるわけもなく、そうするうちに、応募も減ってきて、けれども完全に途絶えることはなく、気がついたら今みたいな感じになっていました。

    「今みたいな感じ」というのは、
    「やり取りの数こそ毎月少ないものの、それなりに濃密な言葉を交わし合う感じ」のことです。

    みなさん、このコーナーの過去のやり取りを参考に、悩みを書いてこられるのだと思います。

    そのため、最初のうちは「彼の気持ちが知りたいです。よろしくお願いします」みたいなメールもあったのに、今ではかなりの長文をいただくことが多くなりました。

    詳細を綴ってくださった長いメールは大歓迎です。

    そうしていただくと、このコーナーを読まれている方々も、「私の悩みと似ているな……」とか、「そんな辛いことってあるんだ……」と思って共感してくださるし、私も具体的な回答が書きやすくなっています。

    ところで最近、トラウマに関する分厚い本を読んでいました。

    (タイトルは『身体はトラウマを記憶する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』ベッセル・ヴァン・デア・コーク著 紀伊國屋書店)

    その本のなかに、
    「言葉の癒し効果」について書かれている章があります。

    苦しい経験をしたときは、辛い気持ちから目を逸らさず、その体験について書いてみること――そうすることがいかに大事で、いかに大きな癒しをもたらすかが、その章に書いてありました。

    そこには、ヘレン・ケーラーの話も出てきます。

    家庭教師のサリヴァン先生の努力で「言葉」に目覚めたヘレンは、自伝のなかに、その喜びを書いているのですが、この本の著者はそんなヘレンの喜びについて、「共感」という言葉を使っているのが印象的でした。

    誰にも理解してもらえない……それって苦悩につきまとうものですが、言葉で語ることができたなら、それを誰かに伝えられるわけで、「誰かに分かってもらえる可能性」を私たちは見いだせます。

    それがね、救いになるわけですね。

    それだけではありません。

    この本のなかには、実際に自分のトラウマ体験を書いてもらう、という実験を研究室の学生たちにしてみたら、書いただけで気分がよくなり、免疫力も上がって、心身ともに健康を取り戻せた実証結果が出てきます。

    誰かに読んでもらったわけでもない場合でさえ、本当に「書く」だけで癒えるのです。

    今のあなたが深い苦悩を抱え、どこにも持っていきようのない気持ちに襲わたり、何ともやるせない毎日が続いていたりするなら、「今の私はこんな苦痛を感じています」といった想いを、とにかく綴ってみてくださいね。

    書くという行為が苦境を抜ける一歩になるかもしれませんよ。

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    『涙零れる感動の的中予言【ジューン澁澤】シャドーキャット・タロット』

  • 人間関係に悩んでいるなら、「してあげる」より、してもらいましょう。

    人間関係に悩んでいるなら、「してあげる」より、してもらいましょう。

    与えるだけでも、もらうだけでもダメ。
    それが大人同士の関係です。

    友達同士もそうだし、恋人同士もそう。

    もちつ、もたれつ、お互いを必要とし合える関係でなければ続きません。

    こう聞くと、いまどきの女性はたいていマジメですから、「そうか、相手にもたれかかってばかりにならないようにしまきゃ……」と考えます。
    そして、一生懸命、友達の愚痴を聞いてあげたり、恋人の世話をしたり、「してあげること」に力をいれがちになります。

    もちろん、「してあげること」は大事ですが、人間関係の悩みを聞いていると、「してもらっていないこと」に悩んでいる人が圧倒的に多いんですね。

    相手から大事にしてもらっていない感じがしていて、それを不満に思っているのに、ますますこちらが尽くしてしまえば、「もちつ、もたれつ」のバランスの崩れは加速してしまいます。それでは上手く行きません。

    「なんで私ばっかり……」という不満を心のどこかに抱えているなら、まず、尽くすのをストップしてくださいね。

    そういうときに意識すべきなのは、「してもらうこと」。
    どうすれば相手から、あなたがしてほしいことをしてもらえるようになるか――これをじっくり考えましょう。

    こういうことをじっくり考えるのは面倒なことではあります。
    それよりも、今までのパターン通り、ひとまず自分が尽くし続けて、相手からの“お返し”をじっと待つほうがラクはラクなんです。

    でも、それでは確実に関係が歪んでくるし、忍耐にも限度が来てしまいます。
    ですから、面倒でも一度、立ち止まりましょうね。

    まず相手に「してもらたいこと」を考えましょうか。

    こういうと、「そんなの、いっぱいあるわよ!」と思う人は多いかもしれません。

    「バイト先の友達には、私ばっかりじゃなく、彼女のほうも面倒な仕事を少しは引き受けてほしいと思っているし、長らく暮らす夫には、洗い物くらいしてほしいとずっと思っているし!」というふうに。

    だけど、そう思っているのに口に出して言えないのはなぜでしょう?
    あるいは、「言わなくても分かってほしい」のはなぜでしょう?

    あなたの心の奥のどこかに、「相手にそういうことをしてほしいと要求するのは悪いことのような気もする」という抵抗感があるからかもしれませんよ。

    そこに何か深い理由がある場合もあります。でも、大抵は、もっと簡単なこと。「他人に要求する」ということに慣れていないだけだったりするのです。

    ですから最初は抵抗があるかもしれませんが、慣れてしまうのが一番なのです。
    「次のときは、この仕事お願いしていいかな?」とか、「今日も洗い物してくれる?」とか、シンプルに要望だけ言ってみてくださいね。

    ややこしい前置きは一切いりません。
    ここでいきなり、「ずっと言えなかったんだけど、実は不満に思っていて……」といった気持ちを一気にぶちまけるのは止めましょう。

    「私がやればいいんだけれど、でもちょっと体調が……」といった「お願いするにあたっての事情」をわざわざ話すことも必要ありません。

    ただ、やってほしいことを言うだけ。本当にそれだけです。

    たぶん、相手はやってくれると思います。
    ところがあなたは、やってもらったことを居心地悪く感じるでしょう。

    それもまた「してもらうことに慣れていないから」なのです。
    ですから、気にしないでくださいね。

    そして、この調子でどんどんお願いを続けましょう。お願い上手になれるまで、突っ走ってみてくださいね。

    そうこうするうち、あなたは「してあげること」も「してもらうこと」も得意になると思います。

    実は、この2つが同じくらい得意な人って、すごくモテるんですよ。本当に。

    みんな、その人との関係を重く感じません。してあげたり、してもらったりを繰り返していると、どちらかいっぽうが不満や負い目を抱えないで済むから、関係性がスッキリしていて心地いいのです。

    もう一度、繰り返しますが、友達や恋人との関係に悩んでいる人はたいていマジメな人。
    してあげることが多すぎて、してもらい足りていないのです。

    あなたもそうかもしれません。
    上手に、スマートに、「これして!」を言えるようになれたらいいですね。

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    『涙零れる感動の的中予言【ジューン澁澤】シャドーキャット・タロット』

  • 新年のひと月にやっておきましょう! 開運を招くアクション

    新年のひと月にやっておきましょう! 開運を招くアクション

    2019年の最初のダイアリーは、「開運」につながるお話にしようと思います。

    雑誌やネットで、開運方法を探してみると、「これを買うといい」というお話にたどり着くことが多いですね。

    品物や旅のツアーの宣伝を兼ねた開運記事が多いのは、いわいる“大人の事情”なのかもしれません。

    本当は新しい財布やらパワーストーンやら、ご利益のあるものを買わなくたって「開運」は可能です。

    特に、年が明けたばかりの1月中は開運につながるアクションを取っておくと、確実に運が開けてくるとき。ぜひ、実行してくださいね。

    「で、何を実行すればいいの?」となりますよね。
    でも、何を実行するかは人それぞれなんですよ。

    というのも、「年明けの開運」で大切なことは“チャレンジ”だからです。

    つまり、「よし、これにチャレンジしよう!」と思えることなら何でもいいわけです。

    たとえば、
    「よし、今日は試したことのないヘア・アレンジにチャレンジしよう」
    とか、

    「よし、おかずを一品多く作ることにチャレンジしてみよう」
    とか、

    「よし、彼に連絡するのを1日止めることにチャレンジしよう」
    とか。

     

    とにかく、あなたにとっての開運アクションとは、今までやっていないせいで、少しだけ面倒だったり不安に感じること。でも、だからこそ、トライしてみると、「やったぞ! できたぞ!」という満足につながることです。

    そうやって生まれた自信こそが開運の一歩。

    きっとね、「なんだか今年の私は何だってやればできる」という気がしてくるはずです。

     

    こういう“自己暗示”が強まると行動力も自然と強まっていくものなんですね。

    そうなれば、今までつかめなかったチャンスや幸運をキャッチしやすくなっていくので、開運効果をジワジワと実感していけますよ。

     

    そして、“よき循環”も起こります。
    「何かにチャレンジしたこと」が幸運に繋がった感じが強まっていくと、ますますいろんなチャレンジをしたくなっていくんですね。

     

    というわけで、まずは毎日、小さなチャレンジを続けてください。
    それだけのことで今年のあなたは「最強のあなた」になっていけるはず。。

    この新しい年があなたにとって素晴らしい1年になりますように……。
    今年もよろしくお願いいたします(^^)/

     

    ◆Yahoo!占い【オーラロタロット】2019年のあなたを占います!