カテゴリー: 人生について

  • 誰かのことを想うとき……わたしたちは救われているのです

    誰かのことを想うとき……わたしたちは救われているのです

    あれは何年前でしょう。

    人生に久々に訪れた「辛くてミジメな苦悩のとき」を過ごしていた私に、こんな言葉を掛けてくださった方がいました。

    「自分のためより、人のために生きたほうがラクですよ」と。

    私がショボジョボと暗い顔をして、毎度ぶちぶち自分の苦悩やらなんやら、泣き言をいうのを見かねて、そっと「救いの言葉」をくださったのです。

    でも、その時点では、この言葉が「救い」だなんて、まったく分からなった私。

    はぁ、そう言われましてもね……、
    いろいろと自分のことで考えなくちゃいけないことが山積みでして……。

    ……その方の親切な心を理解せず、そんなふうに思っていたのです。

     

    でも、数か月後、この言葉の意味をハッキリ悟る出来事が起こりました。

    高校のときの友人たちと、10年ぶりに再会したのです。

    郷土に戻った私は、5人の友達と次々、顔を合わせ、懐かしい再会を楽しみました。

    とはいえ、いろいろなことが重なって身も心もボロボロ。
    だから、自分に起きたことを友達に話します。慰めてもらいたくて……。

    だけど10年のあいだに、友人たちにも色々なことが起きていました。

    私の話を聞いて「そうか、そうか。大変だったね」で、話が終わった友達はひとりもいません。
    「実は私もね……」といながら、聞いて驚く打ち明け話が出てくるのです。

     

    なにしろ、みんな同い年。
    生きていれば、それぞれが何かしら重たい事情を抱えずにいられない年頃だったのです。

    最初の日の夜、ひとり目の友達から、
    次の朝はふたりめの友達から、
    夕方に合流した3人目と4人目の友達から……
    どんどん、それぞれの事情を聞かされます。

    どの話も深くて重くて……。

    そういう数日が続くうち、不思議な感覚がやってきました。

    今まで「自分のこと」で一杯だった私の頭。
    その頭に、どんどん「人の悩み」が注入されてくる感覚です。

    本当に「感覚」としか言いようがないのですが、
    「私の悩み」がどさっと入っているタンスに、ぎゅうぎゅうと「人の悩み」が入ってきて、「私の悩み」が占めてるスペースがどんどん圧縮されていくような感覚なんです。

    ……これは、なんだろう?
    昨日まで、あんなに苦しかったのに、その苦しい気持ちが明らかに小さくなっています。

    パンパンに膨らんでいた苦悩がね、シュルシユルッとしぼんだような不思議な感じがハッキリするのです。

    まるで「そこ、詰めて詰めて! 私も入れて!」と言いながら、他の人たちが私の頭になかに入ってきたみたいな、そんな感じでもありました。

     

    3日目はみんなが集まり、ワイワイやりながら、それぞれの事情の話がまた出ます。
    その夜、私はみんなの悩みについて考えていました。

    あの子の悩みは大変だな。何か言ってあげられること、ないかな……。

    あの子の悩みについて、知り合いに相談してみようかな。
    いい医療機関を知っているかもしれないし……。

    あの子の悩みは昔から同じだな。ずっと苦労してきたよね。
    何かしてあげらたらいいのに……。

    そこで、ふっと気づきます。
    昨日の夜まで、寝る前のひとときに私が考えていたのは、ひたすら自分の苦痛だったことに。

    どうしよう。
    辛いよ。苦しい。
    腹が立つ。
    寂しい。
    心配……

    ……そんな気持ちで毎晩、心が一杯だったのに、
    今夜の私は「自分のこと」をひとつも考えていない

    こんなふうに悩みを忘れられたのはいつぶりだろう……。

    と、そのときです。

    「自分のために生きるより他人のために生きるほうがラクですよ」
    というあの言葉がね、脳裏に浮かんだのです。

    ああ、あの言葉に込められていたのは、こういうことだったんだ……。

    私は私しか見ていなかった。だから苦しかった。

    こうして誰かのことを考えていれば、自分の苦悩は忘れてしまえるものなんだ。

    どうにもならない苦痛をひたすら見つめているより、よっぽどいい。
    それは人のためじゃなく私のため。私がラクになれることだったんだ、と。

    それ以来、私は他人のために生きるようになりました……
    なんていうのは嘘。そこまで立派にはなれません。

    だけど、不安や孤独や心配ごとに襲われたとき、
    「あっ、いけない、いけない。自分のことばかり考えているから憂鬱になっている!」
    と気づけるようになりました。

    そして自分以外の人々に意識をなるべく向けます。
    そうすると、本当にラクになるのです。

    その後、まったく同じようなことを言っている人にも会いました。
    献身的に施術をしてくださる、予約が取れないほど人気の鍼灸の先生です。

    「たくさんの患者さんがいて、いつも大変ですね」と言ったら、
    「いや、人のために生きるのって思うより辛くないんですよ。
    自分のために生きていると行き詰りますからね」と笑って答えくださったのです。

    「ああ、こういう知恵を持って生きている方が周りにたくさんいたことにも、今まで私は気づかなかったんだなぁ……」と感じ入りました。

     

    よく「悩みを手放す」と言います。
    だけど、簡単にはできませんよね。

    でも、
    誰かのことを思うとき、私たちは無意識のうちに自分の悩みを手放しているのだと思います。

    この知恵があなたにも役立つことがあるかもしれません。
    あるといいな、と思っています。

  • ゆっくり丁寧に。生き方を、ちょっと矯正してみたら……

    ゆっくり丁寧に。生き方を、ちょっと矯正してみたら……

    最近の口ぐせは「ゆっくり丁寧に」

    「口ぐせ」と言っても、口に出すわけではなく、心のなかでつぶやいているだけ。

    でも何かと、この言葉が出てくるようになっています。

    昔、鍼治療を受けているとき、「あなたが脈が速すぎ!」と指摘されて初めて気づいたのですが、私は心拍数がかなり高め。寝起きでも90を超えていることが多いのです。

    (ちなみに女性の安静時の平均は65~75くらいだとか)

    つまり毎日、ドキドキしっぱなし。

    ストレスや不安、緊張が強い人は心拍数が高いそうです。

    「うーん、私の場合、気が小さいせいかな」とか「せっかちだから?」などと自己分析していたのですが、簡単に治せるものでもないし、運動するといいと聞くけど、時間も意欲もないし……。

    それでも「スリープサイクル」という睡眠アプリで毎日、寝起きの心拍数を図り続けていました。もう5年以上です。

    ずっーーっと「朝の心拍数は93」みたいな数値が出ていたのですが、最近になって突如、寝起きの心拍数が下がってきました!

    あれ? 今日は78! すごい! 普通の人に近い!!
    ……でも、なんで???

    そんな感じで、下がれば下がったで疑問が湧くもの。
    でもね、思い当たることはあるのです。

    実は、心拍数が下がり始めたのは、「苦手なことでも、ゆっくりやろう」と心がけるようになってからだったのでした。

     

    なにしろ、年がら年じゅう締め切りに追われる毎日だし、そのうえ、元々せっかちだし、なんでもパパッと、チャチャッと「やっつける」のが私の日々の習わし。

    そのくせ、だらだらしている時間も多くて、いざ、何かに取り掛かるときは「ふんっ!」と気合を入れてやっつけて……。

    この「気合」と「焦り」と「何かに追われている意識」のせいで、心拍数が上がりっぱなしだったような気がします。

    だけど、このところ、いろんなことを「もっと丁寧にやろう」という意識がね、どこからともなく湧いてきました。

    たぶん、久しぶりに映画『アメリ』をたまたま観たから。
    あの映画から漂ってくるムードは、なぜだか私の心に「普通にゆっくり暮らす幸せ」を想起させてくれるのです。

    というわけで、「パパッと、チャチャッと」は卒業。

    「気合」を入れずに、ゆっくり丁寧に……そう思いながら暮らしていたら、いろんなことが快適になってきて、しかも、「高い心拍数が急に落ちてきた」という予想外のオマケまで手に入ったわけなのです。

    とはいえ、ゆっくり丁寧に……と思っていても、「ああ、今日は時間がない!」となると、一気にドタバタしてしまいます。

    それでも可能な限り、家事も仕事も、なるべくゆっくり丁寧にやっていると、あとがラク。

    テキトーに仕舞っていたものがきちんと片付いているので、次回、使うときに時間がかかりません。

    毎日、慌てているせいで、うっかり忘れてしまうことも減って、「しまった! あれをやっていなかった!」というパニックも減りました。

    すこぉしづつ、日々に「時間のゆとり」が生まれてきたような……。

    一番、驚いたのは、疲労感が減ったこと。
    同じ量の仕事を片付けているにも関わらず、まえほど疲れません。

    今までは、「気合」で仕事を片づけたあと、ぐったり疲れて、しばし動けず……。そんなことがよくありました。

    これでは「ウサギとカメ」のウサギちゃんです。
    ぐったりしているあいだに、のんびりトコトコやってきた亀さんに、いつの間にか抜かれていたのかも……。

    1日中、ゆったりと働いているほうが疲れないし、あんまり休まなくていい――これが一番ビックリだったこと。
    「急がば回れ」って、こういうことか……と実感する毎日です。

    というわけで、生活と性格の矯正を今も続けています。

    いつまで続くかな。
    まだまだ続くといいな。

    もし、私と似たような「気持ちが焦りやすいウサギちゃん体質」の方がいたら、「ゆっくり丁寧に」を口ぐせに、カメさんになってみること、お勧めします。

    カメな毎日も悪くないですよ。

    もし、あなたが「自分はカメのほう……」と思っているなら、いずれ、ウサギみたいにスバシッコイ人たちを追い抜く日が来ると思います。

    どうぞコツコツ歩き続けてくださいね。

     

     

     

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  • 「ポジティブな人」は好かれる? それとも嫌われる?

    「ポジティブな人」は好かれる? それとも嫌われる?

    「最近、私ネガティブだなぁ。ダメだなぁ……」そんなふうに嘆いてしまうときってありますよね。

    でも、「ネガティブの何が悪い! 物事を無理やり明るく考える必要なんてない!」と思う人もいたりします。

    また、「いつもポジティブな人って疲れる。なんかイヤな感じ。」とか、
    自分が落ち込んでいるときに、「もっとポジティブになりなよ」と言われるとムッとしたくなるとか、

    ポジティブ人間に対する否定的なまなざしがあるのも確かなこと。

    とはいえ、「私は落ち込みやすい」と悩む人はポジティブ思考ができる人に憧れることもあるでしょう。

    さて、では「ポジティブな人」って好かれる人なのでしょうか?
    それとも嫌われる人なのでしょうか?

     

    ◆いつでもポジティブ!が好きなわけではなく……

     

    結論から先に言うと、いつでもどんなときでもポジティブでいようとする人は、「みんなに好かれる人」とは言えないのでは……というのが私の考えです。

     

    たとえば、以前ドラマで話題になった「ポジティブモンスター」には賛否両論が寄せられたみたいですね。

    他人が何を言ってもポジティブにしか解釈せず、人に迷惑をかけている自分にも鈍感なのが「ポジティブモンスター」。
    つまり、私がここでいう「いつでもどんなときでもポジティブでいようとする人」です。

     

    人間、誰だってミスは犯すし、他人に迷惑をかけてしまうこともあります。
    そんなとき、私たちは無意識にも相手を落ち込ませようとしているはず。

    「ちょっとは反省しろよ」
    「どうしてあなたってそうなの」
    「能天気でいいよね」

    そんな言葉で相手の考えを「ポジティブ」から「ネガティブ」に移行させようとします。

     

    いっぽう、すでに十分落ち込んだり、反省している人を見れば、優しく相談に乗ったり、「大丈夫だよ」「誰だって失敗はあるよ」と励ましたりして、「ネガティブ」から「ポジティブ」に考えを移行させようとします。

    実際それで相手が元気になって感謝してくれたら、うれしくなります。
    「役に立てた」と思うからです。
    落ち込んでいる相手に、最初からいきなり「あんたネガティブだね。ポジティブにならなきゃだめだよ」なんて言いだすのは、思いやりの心がまったくない人か、あるいは本人が「ポジティブモンスター」タイプかくらいだと思います。

    でも、どんなに優しく励ましても落ち込みっぱなしの人がいたら、誰だって「いい加減、ポジティブになりなよ……」と言いたくなってきますよね。

    要するに「ポジティブになれ」という言葉が出てくるのは、他人の励ましを全然、受け取れない人に向けられる言葉なのです。

    けれども私たちは、年がら年じゅうポジティブな人が好きなわけではありません。

    落ち込まない人との交流のなかには「私の励ましが役立った!」と感じる場面はないし、自分と全然違う「どこか遠い存在」のように感じてしまうからでしょう。

    要するに、落ち込むこともあるけれど、励ませば元気になってくれる――そんな相手をね、私たちは無意識に求めているのかもしれません。

     

    ◆どうしてもポジティブになれないときは……

     

    だからでしょうか、自分自身、落ち込みが続いてポジティブになれないと、私たちは無意識に焦り始めます。

    いつまでもグダグダ言っていると、周りに見放されてしまうかも……という不安が出てくるからです。

     

    その不安はプレッシャーを生みます。「ポジティブにならなきゃプレッシャー」です。

    ところで、プレッシャーって心や体を固くします。柔軟に変化するのを妨げてしまうんですね。
    だから、ますますネガティブな心境から抜け出しづらくなってしまいます。

     

    まずは「ネガティブでいること」を自分で自分に許してあげる。
    いいかえれば、「今のままの自分を認めてあげる」ということ。
    これがね、効果的かもしれません。

     

    認められるって「力」になります。

    仕事で認められたら嬉しいですよね。
    好きな人に好かれるのが嬉しいのも「私の魅力を認めてくれた」と思えるから。

    自分で自分を認めることが最初の一歩です。
    「ネガティブなままでいいよ、私」――そう認めてあげると、プレッシャーで固まっていた心がほぐれます。

    「もうちょっと、いいふうに考えてみようかな……」
    「この辛い状況から学べることもあるかもしれないな……」

    心がほぐれたとたん、無理にではなく自然にポジティブな考えが浮かんできます。
    大切なのは「ポジティブであり続けること」ではなく、「切り替え」ができること。

    いろんなときがあっていいと思います。
    いろんなときがある人こそ、好かれる人だと思います。

     

    嫌われやすいのは、ネガティブ側、ポジティブ側のどちらかにガチっと心が固定されてしまっている人。

    どちらにも転べる柔軟な魂を持っていれば、人を励ましたり、人から励まされたり、持ちつ持たれつ、素敵な友情や愛の絆を築いていけるはず……。

    ポジティブ思考だけを無理に自分に強いたりせず、「切り替え上手」を目指してみてくださいね。

     

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  • 「罪の意識」の裏に潜んでいるのは……ダメな私を許す方法

    「罪の意識」の裏に潜んでいるのは……ダメな私を許す方法

    暑さの厳しい季節がやってきましたね。
    みなさん、お元気ですか?

    このところ、Amebaブログを書くのに意識を取られて、こちらのダイアリーが更新できないこともあり、申し訳なく思っています。

    といっても、このダイアリーにしても、Amebaブログにしても、別に誰も定期的な更新なんて期待していないかも……。

    それなのに自分で勝手に「申し訳ない」と思ってしまうというのが私の悪いクセ。

    これがどうして「悪いクセ」かというと、「いけないなぁ。申し訳ないなぁ」と思うと、つい、そのことから目を反らしたくなってしまうからです。

     

    そのくせ、本当に他人を困らせていたり、迷惑をかけていたりすることには全然、気がつかず、能天気な顔をしていたりすることもあるわけで……。自分のことながら、困ったものです。

     

    さて、今日は「罪の意識」について。

    自分のことはいったん棚に上げるとして、みなさんにも「誰かに責められたわけではないのに、罪の意識を感じてしまうこと」ってないでしょうか?

    たとえば、家族から文句を言われているわけでもないのに、「ちゃんと家事をしていない私……」と自分を責めてしまうとか、そういう感じです。

     

    それって私と同じで、自らハードルを上げているだけかもしれません。

    「いやいや、きっと私のことをダメだと思っているはず」と考えてしまうとしたら、それは「あなたの内に存在している監視役」が、ワリと厳しい性格だから。

    実際の他人は、あなたに対して、そこまで厳しいことを期待していないかもしれませんよ。

     

    友達でも家族でも、誰かにね、「そんなに頑張らなくてもいいよ!」と言ってもらって、「ホッとしてラクになった」と思えるなら、あなたの中の監視役は、それほど厳しい性格ではありません。

    「他人の期待に応えなければいけない」というプレッシャーのせいで、あなたを責め立てていただけです。

     

    けれども、人から「そんなに頑張らなくたって構わないんだよ!」と言われたところで、ちっとも心が休まらず、「いやいや、私はもっと頑張らなければいけないんだ!」という気持ちになってしまうとしたら……。

    あなたの内にいる監視役は、ちょっと問題を抱えています。
    もしかすると、「うぬぼれ意識の強い監視役」なのかもしれません。

     

    このタイプの監視役は、こんなふうに考えている可能性が。

    「私はこれくらい出来て当然の人間なんだ。甘っちょろい人の慰めなんか聞いてなるものか。私ならもっと出来るはず! やってやれないはずはない!」と。

    これって、いっけん「立派」に聞こえる発言ですが、そこには「うぬぼれ」が入っていないか、点検してみたほうがよさそうです。

     

    こんな監視役があなたのなかに存在するようになったのは、「自分の子は特別だ」と、うぬぼれてしまう傾向がある親や教師からの受け売りのせいだったりするかもしれません。

     

    「私ってダメだ」という心情の裏には「本当は凄いはずなのに……」という「おごり」が含まれていないかどうか……とぎどき私は自己点検をしてみるようにしています。

    すると「ダメな人間になりたくないけど、おごり高ぶる人間には、もっとなりたくないなぁ」という気持ちになります。そうすると結果的に、自分を責める気持ちが鎮まったりします。

    そうよね、私、すごい人間じゃないものね。
    いろいろ出来ないことがあって当然だよね。

    ……そんなふうに今の自分を少し肯定できたりします。

     

    このやり方で「自分へのダメ出し」を鎮められる人がどれくらいいるか分かりませんが、もし、「なるほど」と思う方がいたら、心の片隅に置いておき、罪の意識で辛くなったときに試してみてくださいね。

     

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    どんなときでも自分を責めないで

  • 五月病にならないために……大切なのは考え方です

    五月病にならないために……大切なのは考え方です

    ゴールデンウィークですね。いかがお過ごしですか?

    いつもと変わらず働いていらっしゃるなら、お疲れさまです。

    人が休んでいるときこそ「繁盛期」という仕事だってたくさんありますよね。
    たとえば、レジャー施設やレストラン、交通機関にホテル……そういうところで大忙しの一週間を過ごされているなら、本当にお疲れさまです。

    いっぽう、しっかり休みが取れて、楽しい時間やリラックスした時間を過ごせているなら、よかったですね。

    「ああ、また来週から仕事かぁ……」と暗い気持ちになったりしないで、どうぞ今を楽しんで。

    なにしろ連休明けは「五月病」の季節です。
    ひとときの「解放」から、多くの義務を抱えた「日常」に戻るのは、確かに楽しいことではありません。

    だけど、それをまるで監獄に戻ることのように感じてしまうと……希望がなくなってしまいます。

    要は感じ方。考え方。

    仕事や家事の日々に戻るのは、本当にあなたを閉じ込めている監獄に戻ることですか?
    そんなことはありませんよね。

    あなたが日々一生懸命、誰かのために働くのは、あなた自身が自由でいるため。

    だって、すべての義務を放棄してしまったら、家族や社会の世話になって生きるしかありません。

    それじゃあ肩身が狭い。自由も限られ、未来も不安でいっぱい……。
    そんなふうになりたくないから、これまで頑張ってきたはず。

    その努力の結果、こうして楽しい休暇も過ごせたわけです。

    あなたが戻っていくのは、自由度ゼロの監獄ではありません。
    あなたが戻っていくのは、自由度を可能な限り高めておくための働き場所なのです。

    だから暗い気持ちにならないで、意気揚々と元気よく「自由でいるための場所」に戻っていってくださいね。

    どうぞ、よい週末と、そして週明けをお迎えください。

     

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  • がんばらなくても大丈夫。世界は動いています

    がんばらなくても大丈夫。世界は動いています

    今年に入ってから、未経験のことを随分たくさん経験しました。

    自分から「新しいことにチャレンジしよう!」と望んだわけではありません。
    「むこう」から予期しなかったことが次々とやってくるのです。
    いわば、私に新しい体験をさせるための運命が、どこかから運ばれてくる……そんな感じの数カ月でした。

    こういうのってオーロラタロットの『流木』のカードのイメージにぴったりだなぁ、と思います。

    『流木』というのは、嵐に遭って倒れた木が海に落ちて、なされるがまま、さすらっているうちに別の土地へと運ばれていく様子を描いたカードです。

    少し寂しい絵柄に見えるときもあります。でも基本的に、私はこのカードが結構、好きなのです。

    『流木』には手足がありません。エンジンがついているわけでもありません。

    ですから、自分で「あそこに行こう」と決めて、そっちに向かうわけにはいかないのですが、海の流れが次の使命を果たす場所へと連れていってくれます。

    さて、私たち人間にも、自分が『流木』みたいに無力だと感じるときがあると思います。

    何か始めたいけれど、どうすればいいか分からない……。
    出会いが欲しいけれど、どこに行けばいいか分からない……。

    そんなときは何もできない自分を責めがちだし、「このままじゃいけない」という焦りが募ったりもします。

    でも、『流木』が私たちだとすれば、それを運ぶ「海流」は、私たちを取り巻く世界の流れ。
    「自分が動かなくても、世の中は常に動いている」ということを、このカードは私たちに思いだせてくれます。

    たとえば、賃金だって、自分の努力で上がる場合もあるけれど、世の中の景気がよくなることで上がることもあります。
    特別な努力なんてしなくても、上がるときは上がるわけで――世の中の流れって、こういうふうに個人の運命に作用します。

    もちろん、人生には自分が頑張らなきゃいけないシーンもあるけれど、「すべては自分次第」と考えていると苦しくなります。

    タロットカードの中にも、「自分で何かしてみないと何も変わらないよ」というメッセージを送ってくるカードもありますが、『流木』はね、「変わるときは勝手に変わるよ。身を任せていればいいよ」と告げているカードなのです。

    もし、今のあなたが、「どうにかしたいんだけど……」と思いつつ、何もできていない自分を責めているなら、『流木』のカードを見つめてみてくださいね。

    「まぁ、私が動かなくても世界は動いているから、いつか、どうにかなるかもな……」と、気が楽になるかもしれません。

    そういうふうに肩の力を抜くことが大事なときも、人生には多くあるものです。

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  • 人生の「辛い時期」の正しい過ごし方

    人生の「辛い時期」の正しい過ごし方

    寒波が来て、ぐぅっと気温が下がったり、かと思えば、急に温かくなって「しまった、今日は着込みすぎた!」と汗をかいたり。
    真冬の日々の気温差に対処するのって苦労しますね。

    今年の1月中盤あたりの数日は特に寒くて、東京でも夜は気温がマイナスに。
    手袋にカイロに、あらゆるグッズで必死の防寒!

    ただ、この時期を通過したおかげで、その後は気温が10℃近いと「今日は暖かい!」と思うようになりました。

    12月ごろは、10℃の日だって「寒い、寒い」と騒いでいたのに不思議なものです。

    こういうのって、人生も同じだなぁ……と思うのです。

    人生の辛く厳しい時期をくぐり抜けたあと、今までよりも「耐性」がついた気がすることはありませんか?

    以前だったらグチグチ言っていたことが、そこまで不満に感じなくなり、「私も大人になったかも」なんて感じるようになるのだって、キツい経験をしたあとでしょう。

    ちょっとしたトラブルなんかには、へこたれない強さが身につくこと――これがね、厳しい時期を過ごした後に、もれなくもらえる「ご褒美」です。

    柔らかい春の日差しに包まれた人生を、ずっと過ごせたなら幸せでしょう。だけど、そうはいかないもの。どんな人もそれぞれの「冬」を通過し、試練をなんとかくぐり抜けて再生します。

    今、苦しい時期を過ごしているあなたもきっと大丈夫ですよ。

    でも、弱っているときは自分に優しくしてくださいね。「強くならなきゃ!」と意気込んで、無理な目標を立てたり、これまでの自分にダメ出ししたりする必要はありません。

    だって考えてみてください。寒さが最も厳しいときに「もっと強くならなきゃ!」と気合を入れて、薄着をしたりはしませんよね? 温かい衣服や食事でしっかり自分を包んであげようとするはずです。

    「寒さに強くなった」と感じられるのは、寒さのピークが過ぎたあと。
    「心が強くなった」と感じられるのも、人生の試練のピークが過ぎたあとです。

    今はまだ弱い自分を叱りつける必要はありません。優しく柔らかく自分に接するようにしてほしいのです。

    「以前より強くなったかも」と思えるようになってきたら、そのときこそ自分を鍛え直すのに適した時期。次の夢に向かっていけるように、目標を立て直してくださいね。

    これを逆にしてしまう人を、とぎどき見かけます。

    辛いときは強がっているのに、試練が過ぎたとたん、「もう頑張る必要なんてないや」と言わんばかりに自分に甘い日々を過ごす。そして、また辛い時期がくると、今までの自分に対する後悔に暮れて、自分を戒めようとする……そんな人です。

    逆にしたほうがラクなのになぁと思うけれど、他人のことは言えません。私も、そんな感じで長いあいだ、生きてきた気がします。

    こういうのは歳を重ねるうちに身につく知恵なのかもしれませんね。
    若さの代わりに手に入る「ご褒美」かもしれません。

  • 「ピンチはチャンス」という言葉が持つ本当の意味

    「ピンチはチャンス」という言葉が持つ本当の意味

    おみくじ年明けから約一週間経ちますが、みなさん気持よく2017年のスタートが切れたでしょうか?

    全然だめ……年が変わっても何もかも上手くいかない……と思っている方もいらっしゃるかもしれません。

    でも、「終わりよければ、すべてよし」です。

    たとえスタートでつまずいても、くじけないでくださいね。

    「でも、新年のおみくじで凶を引いちゃったし……」という方は、「ピンチはチャンス」だとか「災い転じて福となす」といった言葉があることを思い出しましょう。

    「ピンチ」というのは基本的に、現在のやり方が通用しなくなることです。

    たとえば、「お財布がピンチ!」というのは、「使えるお金がもうほとんどない!」という状態なわけですよね。

    でも、いよいよマズい……となったとき、人間は急に周りを見渡すもの。

    戦闘シーンを描いたアニメや映画などでも、主人公がピンチのシーンになったとたん、何かを探し求めるみたいにキョロキョロ顔を動かす様子を描いたものを見かけませんか?

    結果的に主人公は、ふっと目に留まった代用品をうまく利用します。そして、ピンチを脱出!

    それどころか、ここまで続いていた不利な戦いを一気に逆転させて、スカッとした結末にたどり着いたりするものです。

    上手く行っているときなら見向きもしないもの――そんなものにも目が向かうのはピンチを迎えたときだけ。

    そして、それこそが人生を逆転させるツールだということに気づく様子を「ピンチはチャンス」という言葉は語っているわけなのです。

    ですから、おみくじで「凶」を引いても喜んでいいですよ。
    今年のあなたには、「今まで目に入ってこなかったもの」に意識が向かうシーンが必ずあるはずです。

    たとえば、
    これまで気にも留めなかった本が目に飛び込んでくることがあるかもしれません。

    あまり親しくない友達が持っているらしい「知恵」を急に借りる気になるかもしれません。

    今とは違う職種に突然、興味が出てくるかもしれません。

    恋人が以前、話題にしていたけれど、ぜんぜん興味を感じなかったことに注意が向くかもしれません。

    ……こうしたことがね、状況を逆転するキッカケとなるでしょう。
    ピンチがチャンスに変わるときの到来です。

    困ったことが起きたらキョロキョロしてください。
    改めて見渡してみれば、どこかにきっと、あなたを救うものが見つかります。

     

    さて、こんな話からスタートした今年のダイアリーですが、この1年もどうぞよろしくお願いいたします。

    みなさんの悩みに答えられるように、今年も精一杯、励んでまいります。。。

     

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  • 「昨日までの私」にこだわるのが人間

    「昨日までの私」にこだわるのが人間

    20161002

    昨日お話しした方から、たまたま将棋の話を聞きました。

    最近はコンピューターと人間が対決する「電脳戦」というのがあるんだそうです。

    将棋のこともロクに知らない私でも、なんとなくコンピューターが強そうなのは分かります。

    でも、なぜコンピューターが強いのか、という理由のひとつを聞いて、ちょっとビックリ。

    人間よりコンピューターのほうが頭がいい、といった単純なことではないらしいのです。

     

    実は「過去にこだわらない」というのがね、コンピューターソフトの「強み」

    「ここでは、こういう手を指すのが自分の定石……」みたいな「自分らしさ」とでもいうのでしょうかね。

    そういう厄介な自意識を持たないコンピューターは、自由自在にその場にベストな策をズバッと取ってくるのだそう。

    いっぽうの人間には、
    「ここまでの経過」やら「自分らしいやり方」を否定できず、勝てる手が見えていても、なかなか方針を曲げられずに負けてしまうことがあるのだとか。

     

    この話、面白いなぁと感心しながら聞いてしまいました。

    だって、私たちの日常や恋や仕事のシーンにも、こういうことってありますよね。

    「こういうこと」というのは
    「自分が選んできた過去を切り捨てられないこと」です。

    たとえば、「せっかく買ったんだから……」と思うせいで、捨てられないモノが増えて、部屋が片づかなくなるとか、

    「この人を選んだのは間違いだったかも……」と思えてきても、「でも、好きになったんだし、ここまでつき合ってきたし……」と思ってズルズル別れられないとかね。

     

    他人から見れば、愚かに見えることもあります。

    それに、本人だって、「スパッと捨てればいいのは自分でも分かってるんけど、なんとなく、そう出来ないのよねぇ……」という感じだったりするでしょう。

    こういうことになるのは、コンピューターと違って、私たち人間が
    「勝つ」とか「成功する」とか、
    そういうことを至上目的として生きていないということでしょう。

    自分が選んだものに愛着を持ち続けたり、
    これまでの自分を簡単に否定せず、認めてあげたりすることも大切にしながら生きている……ということかなと思います。

    ……なんていうことを考え出すと、
    みなさんからいただくご相談にも、
    「そんなのサッサと捨てちゃいなさい!」とか
    「もう、その人とは別れたほうがいいよ!」とか、

    それが正しい答えであったとしても、情のない鑑定をしたくはないものだな、と改めて思ったりもして……。

    とはいえ、どうにも苦くて仕方のない恋や人生を変えるには、「過去からの縛り」を捨て去るのは、ひとつの大きな方策です。

    過去に囚われないから勝てるコンピューター将棋のお話、あなたの心の片隅に残しておいてくださいね。

    「いざとなれば、過去の選択へのこだわりを捨てる手もある」と思っていれば、いつかどこかで役立つかもしれません。

    何か簡単なことで試してみるのもいいでしょう。
    「昨日のまでの私」を捨てて、違うチョイスをしてみると、ちょっと人生が変わるかもしれませんよ。

    とりあえず私は、「朝はごはん」という昨日までの私を捨てて、久しぶりにパンを食べてみました。

    そうしたら、他のことも色々、変えてみようかな……という気分になって、
    なんとなく人生に新たな風が吹き込んでくる感じがしたのでした。

     

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    7016

  • 過去は変えらない……としても過去の“意味”は変わります

    過去は変えらない……としても過去の“意味”は変わります

    20160703

    最近、お悩み相談コーナーに寄せていただくメールを読んでいて、
    「間違った決断をしたくない」
    という気持ちをお持ちの方が多いことに最近、改めて気づきました。

    そんなとき、たまたま今公開している
    『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』という映画のレビューを読んだのですが、主人公のアリスが「過去は変えられない」という事実に気づく、という一文が目に飛び込んできて、思ったのです。

    ファンタジーの世界でさえ、過去を変えることが出来ない話になっているなら、それはもう、
    「自分の人生において、間違った決断をしてしまったら、永遠に後悔することになりそう……」
    という恐れが強くなるのも分かるなぁと。

    映画では、過去は変えられないとしても、過去から学んだことをもとに新たな決断をして、未来を変えていく……という展開になっていくみたいです。

    すでに後悔している過去がある人にとっては、とても勇気づけられるストーリーだろうと思います。

    でも、今まさに何かを決断しなければならない人にとっては、
    「やっぱり過去って変えられないんだなぁ。今ここで間違った選択をすると、変えられない過去になっちゃうんだなぁ……」
    と感じてしまう気もします。

    さて、過去は変えられない――それは事実だとしても、過去の「意味」は変わっていくものです。

    たとえば、大好きな人と別れることになれば、
    「つき合わなければよかった」とか
    「あんなに尽くさなければよかった」と後悔し、過去を変えられない事実を嘆きたくなるでしょう。

    でも、その人とつき合った経験、その人に尽くした経験が、別の形で生きてくる日が訪れないと誰に言えるでしょう?

     

    失恋のダメージから立ち直り、新たな出会いを見つけて幸せになった友人が最近、こんなことを言っていました。

    「別れたときは、どうしてあんな人とつき合っちゃったんだろうとか、違う人を選べばかよかったとか思ってたんだけど、でも最近ね、あの人に言われたことって結構、その通りだなぁと思うようになってきて、反省したりもしてて、それを今の彼に話したら、「いい女にしてくれたんじゃないの」とか言われて、なんだか報われた気がした」と。

    過去が変わったわけではありません。
    でも、過去の意味は、彼女の中で変わりつつあります。
    あれもまた、自分に必要な恋だったと……。

    こんなふうに「過去の意味」はどんどん変わっていくもの。

    日常的な出来事でさえ、そうです。

    「最高においしかった! 満足!」と思ったディナーのことを一週間後に思い出し、
    「あの日に食べ過ぎたのがキッカケで、どんどん太っちゃって、ああ後悔……」と、
    違う意味で思い返すこともありませんか?

    良かったことが悪かったことに変わったり、
    悪かったことが良かったことに変わったり――人生は面白いもの。

    どんな決断をしても、それを永遠に悔いるようなことには決してなりません。

    ですから気をラクにして、あなたの魂が今、求めているものをスッと選び取ってくださいね。

     

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  • 助けられるのが上手な人と、助けるのが上手な人

    助けられるのが上手な人と、助けるのが上手な人

    20160303あなたは人から助けられることが多いほうですか? それとも人を助けてあげるほうが多いですか?

    そう聞かれると、「うーん、助けられることもあるし、助けてあげることもあるし……」と、決めかねる人が多いと思います。

    では、聞き方を変えましょう。
    人を助けてあげることと、人から助けてもらうこと、どちらを負担に感じますか?

    改めて、こう問われると、自分の「苦手」が見えてくるかもしれません。

    たとえば、電車で席を譲ってあげようと思ったときに「でも、結構です!……とかムッとされたらどうしよう」と腰が引けてしまうという場合、あなたは助けることが苦手なほう。

    その逆に、人に助けてもらいたいのに、「ここでお願いごとをして相手にイヤな顔をされるのが怖い」と思うことが多いなら、助けられることが上手なほうではない可能性が。

    自分の特徴って「それが当たり前」すぎて気つかないことも多いものですから、生年月日を使ったアラビックパーツの占いコーナーに、この診断を書いてみました。
    「言われてみれば、そうかも……」という結果が出ているかもしれませんね。よろしければ、どうぞ試してみてください。

    もらい上手な人生、上げ上手な人生――どちらもそれぞれ味があります。

    どちらがいいでも悪いでもなく、「あなたらしく在ること」が、幸運と人を引き寄せる秘訣です。

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

    ※この記事は、ジューン澁澤監修コンテンツ『二人が出逢った理由』の「june’s Diary」の転載です。詳しくは「june’s Diaryの転載を開始します」という記事をご覧ください。

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  • 残るのは美しい思い出

    残るのは美しい思い出

    20150717大好きな夏がやってきます。

    今年は仕事が手一杯でどこにも出かけられないのですが、「精一杯働く夏」を満喫したいと思います。

    写真は数年前の夏に訪れた瀬底島。
    この年もいろいろなことに追われていて、一日限りの束の間の休日でした。

    こうして写真を見ると、ああ、もうあれは何年も前のことなんだぁと改めて感じます。月日が経つのは早いですね。

    今が苦しくても、その苦境を超えたあとにはきっと、「アッという間だったなぁ……」と振り返れる日がきます。
    そして、美しい思い出だけが残るでしょう。

    人生って、そういうふうに出来ているのです。

  • モノの見方も「変容」で変わります

    モノの見方も「変容」で変わります

    20150619ここ一年ほど、花の写真をアップすることが増えました。
    お花がキレイに撮れるカメラに出会えたからだと思います。

    去年の初夏に、カメラが壊れて買い換えてみたら、あらまぁ、とっても花が美しく撮れる……。
    別に花を撮りたくて買ったわけではなくて、これはまったく偶然です。
    むしろ昔は「花ばかり撮ってる人ってオタクっぽい……」なんていう、わけの分からない偏見を持っていて、お花には近づかないことのほうが多かったくらい。
    なのに気がつけば、カメラを花に向けるのが習性のようになっている!

    人生って面白いですね。
    小さなキッカケでモノの見方が変わる経験、私は大好きです。
    人を占うときも、そういう「変容」が起こることを常に意識しています。

    偏見だとか、モノの見方に限りません。「あなたは変われる」――これはね、いつも私がみなさんに伝えたいメッセージのひとつ。どんなときでも、「私はきっと一生、こうなんだ……」なんて絶望しないで。
    欠点だって、繰り返してしまう恋愛パターンだって、あるとき、ふっと変わるものです。

     

    aurora_ban

  • そのときは残念なことでも……

    そのときは残念なことでも……

    20150410これは今年ではなく去年の桜。

    午前中しか外出できない主婦のお友達と花見に出かけたのですが、残念ながら雨……。
    それでも千鳥ヶ淵を1時間ばかり散策しました。

    一年経って、その友達と話したこと。
    「去年の私たち、なんでまた、あんな激しい雨の日に、無理して桜を見に行ったんだろう?」と。

    自分たちのことなのに、振り返ってみても特別な理由も心境が思い出せないのです……。

    「まぁ、たぶん、よっぽど桜が見たかったんでしょ」と笑って話はおしまい。

    でも、1年経ってみると、雨の日に見た桜たちが妙に印象に残っていて、とてもいい思い出になっていることに気づきました。

    その当時は残念だったことも、未来になってみると、心温まる思い出に変わっている――そんなこともあるものです。

    今のあなたに起こっている「ちょっと残念なこと」も人生を彩るエピソードになる日が来るかもしれません。
    元気出していきましょう!

    aurora_ban

     

     

  • 抵抗を止めてみる

    抵抗を止めてみる

    20150327知っていますか?
    「こんなことって、絶対にあっちゃいけない!」と思ってしまうと、絶望的な気分になりがちです。

    だって、「あっちゃいけないこと」が現実には起きているわけですから、無力な気持ちにならざるを得ないんです。

    どうしようもなく悲しかったり、
    腹立ちや不安が止まらなくなったりしたときはね、
    「こんなこともあるよね」
    とつぶやいてみてください。

    自分がイヤになってしまったときは
    「こんな日もあるさ」
    と思ってみましょう。

    これらは、現実をそのまま受け入れる言葉です。
    現実に逆らうのを止めたとたん、どこからともなく「立ち向かうパワー」が湧いてきます。

    本当です。
    試してみてくださいね。