持っていないものに不満を持つより、持っているものに感謝を?

最近、自分が暮らす家への“愛着”が増してきました。

引っ越してきたときは、それまでの広い家と比べて
「狭すぎる……」
「眺めが悪いよ」
と不満ばかり。

でも、あるときガラリと考えが変わったのです。

なぜなら、たまたまネットを検索していたとき、デザイナーさんが暮らす小さなマンションの写真を見つけました。

その様子にびっくり仰天。

我が家より狭いけれど、壁面からなにから、空間を余すところなく見事に活用して、センスよくまとめられている素晴らしい室内だったからです。

さすがはクリエティブな仕事をされる方。

センスと創造性があれば、どんな条件だって、ここまで見事な暮らしが出来るのか……と、心から脱帽。

これがね、私の価値観をコロっと変えてくれたのでした。

おかげで、「こんな狭いところに住んでいる私ってミジメ……」という気持ちはどこへやら。

私もチャレンジしたい!
この狭い空間をいかに素敵にするか、いろいろやってみよう!

そんなやる気がムクムク湧いて、すっかり元気になれました。

 

とはいえ、実行力もセンスも足りない身です。

あの写真で見たような素晴らしい部屋には、そう簡単に近づけるはずもなく。。

それでも「この家、好きじゃない……」と思いながら暮らしていたころのようなストレスはゼロ。

少しずつ少しずつ、工夫を凝らして、「うん、前よりいいかも!」と思えるようになっていくたび、家への愛着が増していくのを感じます。

 

よく、「持っていないものに不満を持つより、持っているものに感謝を」と言われます。

確かにそれはそう。

ただ、頭では分かっているけれど、やっぱり自分の身体、家族、持ち物、仕事や住まいにコンプレックスや不満を持ってしまうものですよね。

 

あんな体形に生まれていればな……

あんな素敵な家族がいれば……

もっとお金があって素敵なものが買えたなら……

そんなふうに、「ないものねだり」は止まらないもの。

 

なにしろ現代は、朝から晩まで、自分よりも素敵な人生を手にいれている人々の情報が流れている社会です。

そんなものを見ながら、「私は十分、今の自分に満足していますから」なんて言うのは難しいことだと思います。

 

それに、悲惨な暮らしや仕事に「満足するよう自分を強いる」というのも、なんだか違う気がします。

私だって、気に入らないところの多い今の家に「満足しよう。これでいいと思い込もう」と自分を強いたわけではありません。

私の心に起こったのは、
うまく知恵を働かせて、素敵な工夫できたら、そんな自分を誇りに思えるかもよ。」という意識が湧いたこと。これが救いになったのです。

 

そんな気持ちになれたのは、すでにそうして生きている人の家を偶然、見かけることが出来たから。

それで意識がコロっと変わったわけですから、ネットに挙げられていた、あの1枚の写真にとても感謝しています。

 

それ以来、家のこと以外でも“創意工夫”が上手な人を探すようになりました。

探してみれば、いろんな「先人」が見つかるものですね。

少ない時間をうまく活用している人。
体型のコンプレックスをうまく隠して、オシャレをしている人。
退屈しがちな仕事を楽しむ方法を知っている人。

――ネットや本や実際に会う人から学べることがたくさんありました。

 

私もいつか、「工夫を凝らして上手く生きた人」になりたいなぁと夢見るものの、現実にはいろんなコンプレックスを抱えて生きています。

それでも一歩一歩、よりよい人生に……。

……そうなっていけると信じているから、心には「希望」があり、毎日の苦労や苦悩を乗り越えていけています。

このお話が、あなたにとっても、幸せに生きる小さなヒントになりますように。。

いつだって大切なのは「魂の希望」に添って生きること

私、なんのために、頑張っているんだろう……。

ふと、そんなことを思ってしまうのは、
自分が目指していた目標が、ちっとも近づいてこないように感じられる時ですよね。

ずっと想い続けているのに恋が叶う気配が見えなかったり、

シンドイ努力を重ねてきたのに、仕事や勉強の成果が出てこなかったり。

もう止めようかな……
でも……

という感じで、
叶わないかもしれない片思いや、
苦痛になってきた仕事を続けてしまうとき、
自分でも、「どうして止められないのか」が分からない場合があると思います。

実はね、
「無駄な努力な気がすること」を続けてしまうのは、
目に見えない「魂の要請」が働いているからなんですよ。

 

ここでいう「魂の要請」とは、
あなたがあなたらしくあるための「核」のようなもの。

 

たとえば、ある人の今の目標が、営業成績で一番になることだとします。

でもこれは、その人の「魂の要請」を満たすための手近な目標に過ぎません。

本当の希望は、一番になることではなく、夢を持ってチャレンジすること。
つまり、この人の魂は「挑戦こそが私」と感じているのです。

 

たとえ、目標に届かないかもしれなくても頑張ってしまうのは、こういう根底の希望を手放したくないからなんですね。

ですから、「止めるか、続けるか」に悩んだら、どちらを選んでも大丈夫。
間違いではありませんよ。

 

止めたってかまいません。
挑戦者の魂を持つ人なら、このチャレンジを断念したって、きっとまた、次の挑戦を見つけて、自分らしく生きていけます。

続けたってかまいません。
最終的に、目標が達成できなかったとしても、ずっとあとになったときに残るのは、「挑戦を続けた自分」という「誇り」。
「わたしらしさ」を追求できたことが、あなたの心を満たすでしょう。

ところで、
魂の希望って「動詞」で表せるものが多いのです。

挑戦したい。
学びたい。
人を喜ばせたい。
経験したい。
愛したい。
冒険したい。
つながりたい。
成長したい。

……こういうのが「魂の希望」です。

あなたにもきっと、ひとつはピンと来る言葉があると思います。

「私の場合、いろいろ経験した気持ちは常にあるな……」というふうに。

 

「魂の希望」はあなたを突き動かすパワーです。
そして、生きている限り、ゴールが来ないものでもあります。

今年もまた、「魂の希望の追求」が続く年になるでしょう。

他の人には価値がないことに見えても、あなたにとっては価値あることを追い求めていけば、後悔のない人生を生きられます。

素敵な一年にしてくださいね。

今年もみなさんの恋と人生を応援していきます。
これからまた、どうぞよろしくお願いいたします。

「女の義務」は「女の特権」だと気づいたお話

最近、夜は映画を観ています。

昨日、観たのは『彼は秘密の女ともだち』というフランス映画でした。

 

子供を授かったばかりなのに、若い妻に先立たれた男性が、喪失の悲しみや子育てに苦悩する日々のなか、ふとしたキッカケで、昔から興味があった女装に目覚めます。

その女装姿を妻の親友に見られてしまい……。

 

……と、話の筋はこれくらいにして、この映画、女装に目覚めた男性のウキウキ感がすごく印象的。

妻の親友にバレて、気持ち悪がられてしまったけれど、彼は彼女に協力を頼みます。

今までこっそり家の中だけでしてきた女装をほどこして、「女二人」でショッピングに出かけるシーンは、彼のドキドキとワクワクが伝わってきて、観ているこちらもワクワク。

 

冒険を楽しんだ次の週末、ふたりは小旅行に出かけます。

「変身」に必要なものを詰め込んだトランクとメイクバックを引っさげて、オープンカーでフランス郊外の美しい邸宅へ。

森の散歩に合わせて着替え、ディナーのまえに服を変え、そのあと、夜遊びに出るため、また念入りにドレスアップ。

 

彼にとっては、あれやこれやと洋服を選び、メイクをほどこし、ヒールを履いて……そのひとつひとつの行為が、たまらなく楽しい「変身」のための時間なのです。

でも、生まれながらに女の私にとっては、メイクも着替えも、毎朝の単なる義務。
特別、楽しいわけでもないし、むしろ面倒に感じがちなこと。

 

けれども、肩までの長さの上品なウィッグをかぶり、鏡に向かって丁寧に髪をとかす彼のうっとりした表情を観ているときに、ふっと思いました。

なんだか私、女に生まれてよかったかも、と。

 

今までは「義務」であり「ありきたりすぎる日常」でしかなかったメイクや身支度なのに、すべての過程を心から楽しんでいる彼を見ていると、「こういうことの全ては、女だけが楽しめる特権なんだよ」と言われているみたいに感じられてきたのです。

 

映画を観おえて、ベッドに入り、思いました。
明日の朝は、私もちょっと早起きして、うきうきしながら身支度してみよう!って。

だけど、惰性って怖い……。

丁寧にウキウキ楽しむつもりで鏡に向かったのに、そんな気持ちでいられたのは最初だけ。

なにしろ、すべては手慣れた「作業」です。

スキンケアをして、ファンデーションを塗ったくらいから、なにやら違うことを考え始めてしまう私。
ふと気づくと、いつも通りの「工程」を無意識に進めていて、いつの間にかメイクが終わっているではありませんか!

あれ? 私のウキウキ感はどこへ?

いやいや。着替えがまだ残っている。
これをじっくり楽しもう!

そう思っても、彼のようにクローゼットのまえに立つだけでワクワクするなんて無理。

ああ、このカットソーだと今日はちょっと肌寒いよね。
このパンツは最近、ウェストきついのよね。

うーん、結局、この組み合わせにする?
でも、二日前も同じコーディネイトだったな……。
……って、なんだか全然ワクワクしない。

それでも鏡のまえに立ち、せめて丁寧に髪をとかします。

アクセサリーを選んで、ツリーみたいに自分をちょっと飾りつけ。

男が女に変わるほどのエキサイティングな変身ではないけれど、朝起きたときのヨレヨレの自分から変身しているのは確か。

だから小さく満足して、さらなる野望を持とうと決めました。
もっと毎日の身支度を楽しもうと。

 

普通、こういう意識は、日常を大切に生きている「女のお手本」みたいな人から学ぶことかもしれません。

でも、私の心を刺したのは「女に憧れ、自分を女に変える身支度にも憧れて止まない男」を描いた映画だったわけで。

人間って、妙なものから不思議なことを学ぶものですね。

 

もう一つ、彼から学んだのは「特権」というものの意味。

持っている人間にとっては、ありがたいともなんとも思わないのが「特権」というものの正体なのかもしれません。

たとえば、「メイクをしていい」というのは女の特権。
でも、それを「女はメイクしないといけないもの」というふうに「義務」にしか捉えずにいた私は、なんだか不幸だったかも。

 

メイクに限らず「自分では気づいていない特権」を、人はそれぞれ、いろいろと持っているのだと思います。

外で働くこと。
子育て。
親孝行。
――こうしたことだって「誰もが当たり前にやっていく義務」だと思いがちですよね。

でも、それぞれの事情で、これらのどれかを「やりたくても出来ない人」って、いっぱいいます。

ああ、思いきり外で働けたら、どんなにいいだろう。
子供を持てたら、親がいてくれたら、どんなにうれしかっただろう。

……そう思う人からみたら、どれかひとつでも出来ているあなたは「特権」を持っている人。

 

自分の特権に気づき、ありがたいと思うのは意外と難しいけれど、でも、そこを意識してみれば……今までより少しだけ多く、「私は幸せ」と感じられる気がします。

それに、どうぜやるなら楽しまないとね。

今日からメイクも身支度も仕事もみんな、義務ではなくて私の特権!
そう考えて、楽しむ方法を考えようと思います。

あなたも「あなたの特権」を楽しめますように。

 

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