彼が急に冷たいとき……心変わりを疑うまえに考えてみたいこと

恋をすると相手の態度に戸惑うことって必ず出てきますよね。

たとえば、いつも優しい彼が急に冷たく感じることがあって不安になったことはありませんか?

また、「今日の彼はなんだか普段とムードが違っている……」と感じることがあったりね。

そういうのってきっと、みなさん、あると思うのです。

こういうとき、多くの方が疑うのは、相手「心変わり」や「浮気」です。

なにしろ、いつも優しい彼から急に冷たくされたら、「私を嫌いになったのかも……」と思いたくもなるものです。

また、普段の彼とはガラッと雰囲気が違う彼の様子を見たら、「何かおかしい。。まさか浮気している?」と疑いたくなってしまったりするでしょう。

「それ以外に考えられない!」と思うかもしれません。
でも、前回のダイアリーで「多重人格的な私」というお話をしました。

その話に当てはめてみると、彼の態度の変化は「心変わり」や「浮気」とは限らないことが分かってくるはずなんですね。

まず簡単に復習しましょう。。

「多重人格的な私」というのは、「誰の心のなかにも、いろんな自分が存在する」という想定のこと。

たとえば、ひとりの人間の心のなかに、天使のような部分もあれば、悪魔みたいな一面もあるのはよくあることです。

それってつまり、自分のなかに「天使さん」と「悪魔くん」が同居しているわけですよね。

その他にも、「理性的でまっとうな私」と「ワガママで言うことを聞かない私」がいたり、もっといろいろな人格も私たちのなかに存在しているはず。

そういう人格のひとつの例として、前々回のダイアリーで、ネガティブな感情にしがみつきたがる「執着さん」という人格のことを書きました。

そして、前回のダイアリーでは、いつもの自分だったらしないことをやらかしてくれる「ごきげんナナメちゃん」という人格を書いてみました。

そんなふうに、いろんな性質の別人格が誰の心のなかにもいるのだと考えてみることが、自分や他人の気持ちの理解につながるんだよ、とそんなことを前回、お話ししたのでした。

さて、復習はここまで。

では、彼の態度が急に冷たくなったとき。
……普通はやっぱり、心変わりを疑います。

けれども、彼にだって「多重人格的」なところがあるとすると、どうでしょう?

いつもの優しい彼は、「理性的でまっとうな人格」の現れです。
そういう日がね、8割はあるけれど、でも他の2割は別の人格が彼を支配している可能性が。

そして、彼のなかにも、ちょっとしたことで不機嫌になりやすい「ごきげんナナメちゃん」のような人格は潜んでいるかもしれません。

その人格がひょこっと顔を出しているときの彼に、初めてあなたが会ったときには、彼の冷たい態度にあなたはショックを受けるでしょう。
そして、「嫌われたかも……」と思ってしまうはずです。

ところが次の日に会うと、彼の様子はいつも通り。
なんだかわけが分かりません。

でも、彼の人格が切り替わっていたと考えれば納得がいきますよね。

彼は別に、あなたを嫌いになったわけではなくて、機嫌の悪さをあからさまに出す人格が、そのときたまたま表面に出ていたのです。それで、あなたへの態度が一時的に変わったわけです。

こういうのはよくあること。

あなたにだって、「昨日の私、いつもと違って、みんなの前で不機嫌になってしまった。ああ、やっちゃったな……」と感じることってあると思います」
それもまた、「ごきげんナナメちゃん」が表に出ていたからなんですね。

反対だってよくあること。

いつもは不機嫌なのが普通な彼が、突然、ニコニコ機嫌よく振舞ってきて、しかもすごく優しかったりして、「なに? 浮気でもしている?」と疑いたくなる場合です。

この彼の場合は、日ごろから「ごきげんナナメちゃん」が8割がた、表に出ている人なわけですが、ときどき、とてつもなく優しい「天使さん」が現れることがあって、この優しさに触れてしまうと、「いろいろ、ヒドイ男だけど、やっぱり彼を嫌いになれない……」となってしまったりするわけです。

どうでしょう?
あなたの彼にも当てはまる話はあったでしょうか?

今ちょうど、この「多重人格的な人間の心の構造」を踏まえて、オーロラ・タロットの新しいメニューを書いているところです。

いろいろと矛盾だらけに見える彼の心のなかに、いったいどんな性質の人格が潜んでいるかを暴いていくメニューになるはず。

どうぞお楽しみに。。

多重人格な私たち~心のなかに存在している「いろんな私」とは?

前回のダイアリーで、私たちの心に住んでいる「執着さん」のお話をしました。

実は心のなかにいるのは「執着さん」だけではありません。
私たちの性質って、ある意味、「多重人格的」なのです。

みなさんの心の中には、「理性的で賢い自分」もいるのですが、そのいっぽうで、幼い「執着さん」がいたり、感情に流されやすい「流れ者」だとか、不機嫌になりがちな「ごきげんナナメちゃん」がいたりするんですね。

また、優しさや愛にあふれている「天使ちゃん」がいるいっぽう、よこしまなことを考えつくのが得意な「悪魔くん」がいたりすることもあるでしょう。

こういうふうに考えてみると、自分で自分のことを理解できる場面が増えたり、解けない謎が解けてくると思います

たとえば、みなさん、経験ありますよね?
「昨日の私、なんであんなこと言っちゃったんだろう……」と思うことが。

口にしたことに限らず、自分が犯した失態について、
「自分でも分からないんだよね。なんで、あんなバカなことをしちゃったんだろう……」とボヤキたくなることってね、きっと多くの方が経験しているはず。

そんなときも、「多重人格的な自分」というイメージは役立つでしょう。

たとえば、あなたに不機嫌な自分をコントロールできない傾向があるとすれば、あなたのなかには「ごきげんナナメちゃん」が住んでいるんだと考えてみてください。

そうすれば、家族にケンカ腰な態度を取ってしまったりしたときに、

「ああそうか、あのときの私を支配していたのは『ごきげんナナメちゃん』だったんだろうな。理性的な私だったら絶対にやらないのに、この人格が出てくると、つい余計なことを言っちゃうだよな……。」

と、そんなふうに、今までの自分の言動を理解できるようになるわけです。

それだけではありません。
好きな相手の気持ちもね、ぐんと理解しやすくなったりします。

この続きとして、次回のダイアリーでは「相手の気持ちの正しい読み方」のお話をしようと思っています。

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怒りや悲しみ、切ない恋の未練が消えないときは……

手放すことが困難なもののひとつに「怒り」や「悲しみ」といった辛い感情があります。

誰でも怒っているのはイヤだし、悲しみに浸っているのもイヤでしょう。

でも、怒りが止まらないこと、
あるいは、悲しみが止まらないこと、
――そういうのって、みんな経験していますよね。

きっと私たちの心のなかには、どんなものでも手放すことが苦手な「執着さん」がいるのでしょう。

その子はあらゆる感情をギュッと握りしめて放しません。

怒りがふつふつ湧いてきたときも、悲しみが心にあふれてきたときも、「執着さん」は目ざとく見つけて、その気持ちをつかみます。

「いつまでも怒っていても(泣いていても)仕方ないでしょ!」と、諭そうとみても完全無視。

「ヤダ! 手放すのはイヤ!」とダダをこねる困った存在です。

私のなかにも、この「執着さん」はいます。
あなたの中にもたぶん、いると思います。

私の「執着さん」は、怒りよりも悲しみが好き。
怒りはわりにスラっと手放してくれますが、悲しみはギュギュっと握りしめてしまいます。

この「執着さん」は、「おじぎそう」という植物に似ています。

「執着さん」は怒りや悲しみや不安なんていう感情にしがみついたって、いいことなんてひとつもないということを理解していません。79
とにかく心に湧いた感情に反応して、反射的に握りしめてしまうだけ。

まるで、チョイッと触れるとキュッと閉じる「おじぎ草」です。
要は「自動反応」なのです。

そして、「執着さん」は幼い子供にも似ています。

「ヤダ、これがいい!」
と、他人のオモチャにしがみつく子。

「もう放しなさい!」
と怒る親。

でも、言っても無駄です。
そう言われるほど、子供は友達のオモチャに執着して、意地になって放しません。

困りますよね。
ネガティブな感情につかまって、一日が台無しになったりしていると、夢を叶えることもできないし、人生のクオリティがどんどん落ちるし、生きていくのがしんどくなります。

というわけで、この自分のなかの「執着さん」の鎮め方をね、いろいろ研究してきたのですが、最近になって意外と単純な仕組みが見えてきたところです。

その仕組みとは、「おじぎ草」の仕組みであり、
小さな子供の心の仕組みでもあるんですね。

どちらにも共通しているのは、「かまっちゃいけないこと」です。

だって、「おじぎ草」は触れれば閉じてしまいます。何度も何度もさわっていたら開いてくれません。

でも、そっとしておけば開きます。
放置すればいいのです。

子供が意地になったときも同じです。

「止めなさい!」とか「ダメ!」とか、いろいろと説得を試みるのは逆効果。
そういわれるほど意地になり、自分が欲しいものにしがみつこうとするのが子供です。

でも、子供って飽きっぽいもの。
放っておけば、そのうち飽きて、手にしたものへの興味を失うものです。

これが答えなんですね。

「いつまでも怒っていちゃいけない」とか、
「いつまでも泣いてちゃいけない」とか、
そういうふうに無理やり自分を説得しようとしないこと。

なぜなら、その説得はたいてい無駄に終わります。
それで自信を無くします。

ああ、ダメ。
私ってどうしてこんなに怒りっぽいんだろう……。
どうして、いつまでもメソメソしてしまうんだろう……。

「執着さん」への説得に失敗した理性は、こんなふうに嘆くようになり、「自分は執着さんをコントロールできない……」と判断するようになります。

まるで子育てに失敗した親のように自信を失うわけですが、そうなると、子供の思うツボ。
「執着さん」の力は心のなかで大きくなっていき、どんどん図に乗った行動に出るようになるでしょう。

ですから「説得」は止めましょう。

すべきなのは「放置」です。放任でいいのです。

怒りが止まらない。
悲しみから立ち直れない。
不安が消えない。
あの人への想いを断ち切れない。

どれもこれも、「執着さん」が、その感情を握りしめているせいですから、なんにもしないでおきましょうね。放置しておくことにしましょう。

そして、ただ観察してください。

ああ、私まだ怒っているな。。
まだ悲しみが消えないな。。
まだ不安。
まだあの人が好き。。

――自分のうちに、そういう感情があることに気づくだけ。
あとはまた放置です。

ここで自分を叱りつけたり、なんとか忘れようしたりするのはダメですよ。
それは、閉じている「おじぎ草」に再び触ることだからです。

ただ放任しておきましょう。